第8話 二人の立ち位置

「あはははっ!」


 迎えた昼休み。

 図書室の端で、古瀬は何度も思い出し笑いをしていた。

 どうやら先ほどの出来事が、相当ツボだったらしい。


「笑い過ぎだっての」


 俺がどれだけ恥をかいたと思ってんだ。


「ごめんごめん。本当に面白かったから」


 古瀬は笑いを抑えるように息を整えると、含みのある笑みを浮かべてきた。


「でも、ちょっとドキドキしたでしょ?」

「あぁ……心臓に悪かったよ」

「あはっ……!」

「いや、笑い事じゃねーから。万が一バレてたらどうしたんだよ?」

「その時はその時でしょ。それに初木なら、上手いこと私を擁護してくれるでしょ?」

「お前な……」


 まあ恐らくだけど、古瀬の株を下げないよう、罰ゲームをさせられていたとか、クラスのみんなが納得してくれるような理由をでっちあげていただろう。

 古瀬のお茶目っ気と、初木のような奴にもユーモアを提供してあげられる古瀬さんマジ天使という見解で、大半の奴らは納得するに違いない。


「それで、初木はお昼休みになった途端、どうしてすぐに消えちゃったわけ?」

「当たり前だろ。あんな地獄みたいなところで飯が食えるかっつーの」


 昼休みになるなり、古瀬、星川、須田さんのトライアングルを中心として、陽キャグループが一斉にこちらへ集まってきたのだ。

 そんな陽キャ集団の中で、ぼっち飯を食うメンタルなど、俺は持ち合わせていない。


 俺は逃げるようにして弁当箱を持って席を立ち、そそくさと教室を後にしたのである。

 ちなみに、昼飯は食堂の隅っこの席でひっそりと食べましたとさ。


「別に、私は気にしないのに。むしろウェルカムだよ?」

「古瀬が良くても、他の奴が気にするだろ……」


 いくら席替えが行われたとはいえ、元々つるんでいなかった奴がいきなり昼飯を一緒に食べ始めたら、『は? なんでお前いるの?』っていう空気になるだろうが。


「それに、俺はあんまり集団で飯を食うのが好きじゃねぇんだよ」

「どうして? 趣味の話とかすればいいじゃん」

「その趣味が合わねぇから困るんだよ。『うんうん、だよねだよねー!』とか相槌打ってるとか、マジで何の時間だよってなるし」

「あははっ……初木らしい思考だね。でも人とのコミュニケーションって、普通そんなもんじゃない?」

「そりゃまあそうなんだけど……俺はもう、そういう馴れ合いの関係性はもう御免なんだよ」


 俺が少し重めの口調で言うと、古瀬はふっと笑みを浮かべて、『そっか』とだけ返事を返してくれた。

 そして、すっと首を伸ばして、こちらを覗き込んでくる。


「それじゃあどうして、初木は私との時間はこうして取ってくれるわけ?」

「えっ?」

「だって、私なんていつもここにきて、初木のちょっかいばかりかけたり、愚痴話聞いてもらってるんだよ? 初木にとって何もメリットもないし、それこそ、初木の言う、『馴れ合いの関係性』ってやつなんじゃないの?」

「そ、それは……」


 古瀬の問いに対して、俺は明確な答えを持ち合わせていなかった。

 どうして俺は、こうして古瀬景加と毎日昼休みに二人っきりで、密会を重ねているのだろうか?


 口ごもっていると、古瀬が少し目尻を下げて優しい笑みを向けてきた。


「ごめんね、ちょっと意地悪な質問しちゃったね」


 そう謝ってくる古瀬の表情は、心なしか寂しそうな顔をしていた。


「……あっ、安心するから!」

「えっ?」


 気づけば、俺は咄嗟にそう口にしていた。

 古瀬がポカンと呆ける中、俺は頭に浮かんできた言葉をそのまま口にする。


「多分だけど、俺のどこかで心のよりどころみたいなものを求めてたんだ。そんな時、古瀬が俺に心を開いてくれた。だから、俺も少しでも向き合おうと思って……」


 自分でも何を口走っているのか分からず、頭を掻いてしまう。


「悪い、よくまとまってねぇわ」


 謝罪の言葉を口にすると、古瀬が上目遣いで尋ねてくる。


「それってつまり、私との関係は、『上辺だけの馴れ合いの関係じゃない』ってこと?」


 そう問われて、俺は一つ間をおいてから頷いた。


「あぁ……少なくとも俺は、そう思ってるつもりだ」

「そっか……」


 俺が言いきると、古瀬はすっと机を見つめるように俯いてしまう。

 ちらりと横顔を窺うと、耳が真っ赤に染まっている。


 キーンコーンカーンコーン。


 とそこで、昼休み終了のチャイムが図書室内に鳴り響いた。

 古瀬がはっとした様子で我に返ると、ふっといつもの笑顔を向けてくる。


「ほら、戻ろ! 午後の授業始まっちゃうよ」

「お、おう……そうだな」


 お互い同時に席を立ち、いつものように俺が本を本棚に返却している間に、古瀬はせっせと先に一人で教室へと戻って行ってしまう。


「上辺だけの馴れ合いの関係性じゃない……か」


 古瀬が尋ねてきた言葉を再度口にして、じわじわと後悔の念が沸き上がってくる。

 正直、古瀬にどう思われてしまったのだろうか、不安でいっぱいだ。

 気持ち悪がられたかもしれないし、古瀬にとっては特別でも何でもなくて、ただの暇つぶし程度に過ぎなかったのかもしれない。


 というか、古瀬と特別な関係を築きたいとか、見の程をわきまえろよ俺。


 俺はモテないんだ。

 それを勘違いしないようにするために、俺は一人身を選んだんだろうが。


 これじゃあ、あの時と――

 浜岸の時と同じ過ちを繰り返すだけじゃないか……。

 ほんと、自分の湧き上がってくる感情が醜くて、そして辛かった。

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