第7話 古瀬のいたずら
授業を終えた十分休憩。
古瀬、星川、須田さんの三人が、座りながら女子トークに華を咲かせていた。
その間にいる俺、めちゃくちゃ肩身が狭いです。
会話の邪魔にならぬよう、出来るだけ姿勢を低くして縮こまっていると、古瀬と星川が席を立ち、教室の外へと向かって行った。
その様子を横目でちらりと眺めていると、トントンと机を叩かれる。
視線を前に向けると、前の席の須田さんがにこやかな表情を浮かべながら、ちょいちょいと手招きしていた。
えっ……何⁉
嫌な予感を感じつつも、俺は耳を近づけた。
「初木も持ってるねー。景加と夏奈が両隣なんて」
「俺にとっては不運だけどな」
「どうして、嬉しくないの?」
「そりゃまあ……悪い気はしねぇけど」
学年で一、二を争う美少女が両隣なんだぞ。
嬉しくないわけがないだろ。
「だよね、だよね! まさに、両手に華って感じ? ちな、初木は景加と夏奈、どっとが好きなん?」
「はぁ⁉ 別に好きとかねぇっての」
「えーそうなの? 二人とも可愛いのに」
グイグイ話題をぶっこんでくる須田さん。
こうなるなら、離席してトイレにでも行けばよかった。
「あっ、もしかして初木って、まだ浜岸梨花のことが好きなの?」
「なっ⁉ ち、ちげぇよ……」
唐突に浜岸の話題を出されて、俺は動揺しつつ否定した。
「えっ、そうなん? じゃあ誰か気になってる子とかいないの?」
「今はこれといって、好きな人はいないな」
「えぇ、もったいないよ! もっと恋しなきゃ! 青春は一回限りなんだよ?」
あぁもう鬱陶しいな。
須田さんみたいな見境なくグイグイ来るタイプ、あんまり得意じゃないんだよなぁ……。
早く戻ってきてくれないかなぁー。
「あれー? 百合子が初木と話してるなんて珍しいじゃん」
俺の願いが通じたのか、古瀬と星川が教室に戻ってきてくれた。
ようやく詰問地獄から解放されて、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「まあねー! 一応席近くなったし、挨拶がてらちょっと質問的な?」
須田さんがそう言うと、古瀬が眉根を寄せた。
「百合子。あんまり初木君に頼りすぎちゃだめだよ。ごめんね初木君、もしかして、百合子が変な面倒ごと頼んじゃった?」
古瀬さんが申し訳なさそうな様子で謝ってくる。
「いや、別に頼み事じゃなくてただの雑談だったから、全然平気だよ」
俺がそう取り繕うと、古瀬は百合子に向かって声を上げた。
「百合子もう少し相手の気持ち考えなー!」
「えぇー。私はただ、初木と楽しくお話してただけなのに。ねっ、初木!」
「あははは、そ、そうだね」
俺が苦笑いを浮かべつつ、誤魔化したところで、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
クラスメイト達が自席へと戻っていき、次の授業の準備を始める。
次の授業は数学。
「……あれ?」
そこで俺は、カバンの中に数学の教科書が入っていないことに気づく。
どうやら、家に忘れてきてしまったらしい。
どうしようかとソワソワしてると、俺の挙動がおかしいことに気づいた星川が声を掛けてきてくれた。
「どうしたの初木、大丈夫?」
「あぁ……実は、教科書忘れちゃったみたいで」
俺が頭を掻きながら言うと、星川がにこやかな笑みを浮かべた。
「なら、私が――」
「私が見せてあげるよ!」
とそこで、俺の背後から遮るような声がかかったかと思うと、ガツンと机が連結される。
見れば、古瀬が机をくっつけて、教科書をこちらへ寄せてきてくれていた。
「おぉ……悪い、助かる」
「これぐらい平気だよー」
お言葉に甘えて、今回は古瀬に教科書を見せてもらうことにする。
俺が星川へ視線を向けると、彼女は不満げに頬を膨らませていた。
恐らく星川も、教科書を見せてあげると提案しようとしていたのだろう。
俺は両手を合わせて、星川へ謝っておく。
古瀬と机をくっつけて、隣り合わせに座ると、心なしか古瀬の香りがほのかに漂ってきているような気がして、無意識に生唾を飲み込んでしまう。
意識が古瀬に向かう中、不意に彼女が耳元へ顔を近づけてきたかと思うと――
「なんか、こういうのカップルっぽいね」
と、からかうように囁いてきた。
「へ、変なこと言うんじゃねぇよ」
「何々? もしかして意識しちゃってるワケ?」
「んなわけあるか」
そう誤魔化すものの、俺の心臓の鼓動はバクバクと高鳴っていた。
心なしか、右隣から鋭い視線を感じる。
おずおずと覗き見れば、星川が邪念を送るような目でこちらをじぃーと見据えていた。
俺はすっとお辞儀をして、教科書へと目を移す。
数学教師が、黒板に板書をしながら、演習問題の解説を開始する。
板書と教科書を見比べつつ、俺も必要事項をノートへ書き込んでいく。
「はい、一旦ノートの板書止めて。今から凄い重要なこと言うからよく聞いてて」
そう言って、数学教師は黒板に書いた図形の解説を始める。
とその時、ぶらーんと下ろしていた左手が突然、すっと柔らかいものに包まれた。
見れば、古瀬が俺の手を握り締めてきたのだ。
古瀬は軽く頬を染めながら、ちらりとこちらを見上げて、秘密めかしたような笑みを浮かべてくる。
その可愛らしい所作に、俺はさらに身体が熱くなっていくのを感じた。
勘違いするな俺。
これは古瀬の悪戯であって、断じて好意を持っているとかこういう類のものではない。
「何すんだよ」
必死に煩悩を振り払ってから、古瀬に小声で話しかけると、彼女はキョトンと首を傾げた。
「ん、どうしたの?」
とぼけた様子で、知らん顔を浮かべる古瀬。
俺が視線を下に向けて、繋がれている手についての説明の要求を求めると、古瀬はふふっとからかうような笑みを浮かべながら、小声で囁いてきた。
「なんなこういうのって、授業中に誰にもバレずにいつまで出来るか試したくならない?」
「いや、全然ならねぇよ。ってかこういうのは俺とじゃなくて、恋人同士でやれっての」
「別にいいじゃん。私達高校生なんだし、手繋ぐぐらいさ」
そう言って、古瀬はきゅっ、きゅっ、にぎにぎ、にぎにぎと手に力を入れたり抜いたりを繰り返してくる。
「初木の手、結構ゴツゴツしてるんだね」
手の感触の感想を言われてしまい、どう反応を返したらいいのか分からず困惑してしまう。
身体が火照り、手汗を掻いてしまっているのではないかと心配になってくる。
古瀬の手は、スベスベで柔らかく、優しいぬくもりに包まれていた。
どうして女の子の手って、男と違って柔らかくてモチモチしてるんだろうか?
ここで俺が、『古瀬の手は、柔らかくてすべすべだな』とか言ったら、大層気持ち悪がられるんだろうな。
すると、いつの間にか教科書の説明に戻った数学教師が、教壇から離れ、教室内を徘徊し始めていた。
数学教師は、ドンドンとこちらへと近づいてくる。
俺が手を離そうとするものの、古瀬がぎゅっと手を掴んだまま離さない。
「おい……!」
必死に訴えるものの、古瀬は小悪魔な笑みを浮かべたままこちらの反応を楽しんでいた。
そして、数学教師はついに、俺達の真横までやってきてしまう。
古瀬は、数学教師が現れるすんでのところでパっと手を離し、何事もなかったかのように教科書へと目を移した。
俺も、慌てて教科書へと目を向けて、数学教師が通り過ぎるのを何とかやり過ごす。
咄嗟の行動だったため、身体が前のめりになってしまい、古瀬との距離がかなり近づいてしまった。
彼女のぱっちりとした目やきめ細やかな肌や鼻筋、ぷるりとした唇が鮮明に見えてしまい、思わず生唾をごくりと飲み込んでしまう。
数学教師が背を向けて、教壇の方へと戻っていくのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。
そんな安堵も束の間、今度は机に置いていた左手に重ね合わせるようにして、古瀬が手を置いてくる。
「おい、流石にそれはまずいだろ」
「どうして?」
どうしても何も、俺なんかが古瀬に教科書を見せてもらっている時点で注目を浴びているというのに、手を握り合っている所など見られたら、ひとたまりもないからだ。
「じゃあ、見えない所ならいいよね?」
そう言って、古瀬は俺の手を掴み、そのまま自身のスカートの上へと導いた。
スカートの上に着地した途端に感じる、古瀬の体温と太ももの弾力。
突然の暴挙に、俺は口をあんぐりと開けることしか出来ない。
古瀬は、相変わらずにやりとした悪い笑みを浮かべて、そのまま俺の手をスカートの裾へ持っていくと、太ももの付け根へと這うようにして手を動かしていき、スカートを捲り上げていく。
目の前に、日焼けした古瀬の太ももが、際どいラインまで見えてしまっている。
流石にこれ以上はまずいと思い、俺は全力で腕に力を入れて、古瀬の手を振りほどいた。
ガンッ!
振りほどいた際、勢い余って机の角に手を思い切りぶつけてしまい、教室中に鈍い音が響き渡った。
教室中の視線が一斉にこちらへ注がれる。
俺はぶつけた手をぶるぶる振りながら、苦悶の表情を浮かべることしか出来ない。
「いってぇ……」
痛みに悶絶する隣で、古瀬はクスクスと肩を揺らして笑いこけっていた。
畜生……後で覚えてやがれよ?
その後も、ちょくちょく古瀬の悪戯にあいつつも、なんとか数学の授業を乗り切るのであった。
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