第23話 成川の挙動と古瀬からの誘い
星川を成川の告白から阻止することが決まった翌日。
俺はいつも通り、席に座ったまま頬杖を突きながら、人間観察を行っていた。
授業合間の小休憩時間だというのに、その十分休みも惜しむようにして、クラスメイト達はグループを形成して雑談に興じている。
先ほどの授業であった出来事、最近あって話したかった出来事。
話したい欲求が多ければ多いほど、雑談話に華が咲くというもの。
そして、その現象は隣の席の人にも言える事である。
「星川さー。次の英語の授業の翻訳ってやってある?」
「まあ、ざっとはしてあるよー!」
「悪いんだけど、翻訳見せてくれない?」
「えぇーっ、時間あるんだから自分でやりなよ―!」
「頼む! 今日当てられる日なんだよ!」
と思ったら違ったわ。
ただ自分で翻訳して恥かくのが嫌だから、頭のいい人の翻訳を写すことによってその場を凌ごうとしてるクズだった。
「もーっ、その代わり、今度何か奢ってよ?」
「奢る、奢る!」
ってか、星川も貸してあげちゃうんかーい!
そういう所だぞ、男を勘違いさせちゃうの!
「サンキュ! 速攻で写してくるわ!」
成川はお礼を言うと、星川から借りたノートを手に、颯爽と自席へと戻っていく。
俺が呆れた様子で成川のクズっぷりを見ていると、不意にトントンと机を叩かれた。
振り向けば、星川が眉根を八の字にして、困惑顔を向けてきている。
どうやら、成川が必要以上に構ってくることに苦笑している様子。
俺は、ノートの端切れを切り取って、ペンに『ドンマイ』と書いて、星川に手渡した。
それを見た星川は、ぷくーっと頬を膨らませて、不満げな視線を送ってくる。
星川は、ペンを取り出して、紙切れに何か書き込んでいく。
ペンを走らせて書き終えると、星川はぺいっと、紙切れを投げ飛ばした。
折りたたんだわけでもないので、紙切れはヒラヒラと宙を舞いながら、俺と星川の間の通路へと落っこちてしまう。
俺は、紙切れを拾い上げて、文面を確認してみる。
『もーっ! 分かってるんだったら、割り込んできて助けてくれたっていいじゃんー!』
と、不満が募らせているご様子。
いや、間に割って入ってくれと言われましても……。
そもそも星川さん?
俺と実は仲がいいって事、他の人に知られてないですからね?
成川が喋っている間に割って入ろうものなら、それこそ空気読めてない奴だ。
『んだこいつ? 俺がせっかく星川との時間を楽しんでるってのによ』と、成川から反感を買う可能性だってある。
まあ、俺が成川に嫌われようが別に構わない。
だが、富士ランドへ行くまでは、なんとか今のフラットな関係値を取り繕っておいた方が、当日の為にもいいだろう。
成川が富士ランドでの告白を目論んでいる可能性が高いのであれば、普段の学校生活で告白してくるとは考えにくい。
であれば、今は星川に我慢してもらうしかないだろう。
すると、今度は向かい側の席から、トントンと机を叩かれる。
反対側を振り返ると、古瀬が机の下でスマホをかざしながら指差していた。
どうやら、スマホを確認しろということらしい。
俺はポケットからスマホを取り出して、古瀬からのメッセージを確認する。
『夏奈と何かあったの?』
恐らく、俺と星川の先ほどのやり取りを見ていたのだろう。
古瀬が俺と星川のことについて尋ねてくる。
『あとで教える』
文章で説明するより、口頭で説明した方が早いと思い、俺はそう手短に返事を返した。
『分かった。じゃあ昼休みね』
古瀬も納得してくれたらしく、そこでやり取りを終える。
とはいえ、成川の件を古瀬に話すわけにはいかない。
協力者がいた方がいい気はするけど、恋愛的な事情は自分たちだけでやって欲しいと思っている古瀬にとっては、迷惑な話だろうと思った。
「サンキュー星川! マジで助かった!」
感謝の言葉を述べながら、英語の翻訳を写し終えた成川が星川の元へと戻ってくる。
「はいはーい。次からはちゃんと自分でやってくるんだよ?」
「分かってるって」
キーンコーンカーンコーン。
とそこで、タイミングよく授業開始のチャイムが鳴り響く。
「そんじゃ!」
成川は星川に手を振って、急ぎ足で自席へと戻っていく。
こちらへ身体を向けた際、成川の表情はとても満足げな様子だった。
成川くーん、君の好意、全部星川さんに筒抜けですよー!
俺は心の中で、成川にそう語りかけることしか出来ないのであった。
◇◇◇
昼休み、約束した通り、俺は図書室で古瀬で、星川の件について話をしていた。
もちろん話題は、成川の件ではなく、星川のお兄さんについてである。
ここは古瀬に本当のことを伝えない方が吉だと考えたのだ。
「いやぁ……にしても、星川のお兄さんが教室に突撃した時はさすがの俺も驚いたぜ」
「ね、私もびっくりした。『妹に手を出したのはテメェかぁー!』ってなまはげのように現れるんだもん」
「星川のお兄さんって、いつもあんな感じなのか?」
「そだねぇ……元々同じテニス部に所属してた時も、隣のコートからずっと夏奈に目を配らせてたもん。引退してからは、監視下に置けなくなっちゃったからか、最近は特に追及が激しいらしいよ」
「それ、シスコンの度を越えてないか?」
お兄さんというより鬼いさんじゃねーか。
って、それじゃあただの敵やん。
まあ、漫画喫茶の件がバレたら、俺が敵対対象になるんだけどね。
「そっかぁ……夏奈もお兄さんのことで色々と大変なんだなぁー」
「みたいだな」
「夏奈の話は置いといてさ、初木、今日の放課後って暇だったりする?」
「えっ、まあ部活終わりは特にこれといった予定はないけど」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってよ」
「まあ、いいけど」
「おっけー! それじゃあ後で待ち合わせ場所は連絡しとくね」
「おう、分かった」
突如受けた、古瀬からのお誘い。
図書室でこうして二人きりで話すことはあるものの、放課後に学外で会おうと古瀬が言ってきたのは初めてだった。
一体、俺なんかを連れて、古瀬はどこへ行こうとしているのだろうか?
「どこに行くんだ?」
「それは、秘密だよん♪」
可愛らしくウインクされてしまった。
その仕草が可愛らしい。
まあ古瀬のことだ。
変な所へは連れていかれることはないだろう。
最近は悩み相談ばかりだったので、放課後の予定が、ちょっとだけ楽しく思えるのであった。
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