第24話 部活中の古瀬、放課後の対決
放課後、担任教師に呼び止められ、書類の整理を手伝って欲しいと頼まれた。
俺は断れない精神が働いてしまい、結局一時間ほど、担任と一緒に書類整理をする羽目になってしまった。
気づけば、時刻は四時を過ぎている。
俺はすぐさま部活義に着替えて、グラウンドへと急いだ。
「すいません、遅くなりました!」
俺がグラウンドに向かうと、コーチに何していたんだと詰問された。
事情を説明したところ、嘘だと言われて信じてもらえず、ペナルティとして、校舎回り三週を課されてしまった。
いやいやいや、いくら外部のコーチとはいえ、流石に酷くね⁉
体罰だって訴えたら立件できるレベルっしょこれ?
まあでも、これ以上面倒ごとを起こして、スタメン外すぞと脅されるのも嫌だったので、仕方なく罰を受け入れることにした。
俺は渋々、校舎周り三週へと向かって行く。
「クソッ……書類整理許すまじ」
そもそも頼まれていなければ、こんなことにならなかったのに……。
恨み節をぶつくさ言いつつ走っていると、校舎裏手にあるストリートバスケットコートで、女子テニス部の面々が、体幹トレーニングに励んでいた。
今は、サイドクランクでバランスを取っている所。
もちろん、その中心には、古瀬の姿もある。
日に焼けた褐色色の足から見える太ももの先には、短いテニスパンツの裾から、黒のアンスコが見え隠れしていていた。
思わず、目のやり場に困ってしまい、スっと視線を逸らす。
女子テニス部がトレーニングしている前を、テトテト通り過ぎようとすると、不意に視線を感じた。
ちらりと顔を向ければ、星川がこちらへ小さく手を振ってきている。
俺はそれに応えるようにして、他の部員に気づかれぬよう手を振り返した。
「ほら夏奈! 体制崩れてきてるよ!」
とそこで、古瀬の鋭い指摘が入り、星川はすぐさま取り繕うようにして、体制を整えた。
やっぱり、部活中の古瀬は厳しいなぁ……。
噂には聞いていたけど、古瀬は部活になると、人格が変わるらしい。
三年生が引退して、キャプテンに任命されたらしいのだが、弱小チームである女子テニス部を、県大会出場まで押し上げようと努力しているのだとか。
それほど、真剣に取り組んでいるという言葉の裏返しなのだろうけど……。
校内三週する間、テニス部のトレーニング場所を三度通ったものの、毎度古瀬は部員たちに喝を入れていた。
おっかないと思いつつ、俺はペナルティを終えて、自分の部活の練習場所であるグラウンドへと戻っていくのであった。
◇◇◇
迎えた放課後、俺は部活終わりに、古瀬に指定された待ち合わせ場所へと向かっていた。
待ち合わせ場所は、学校裏にある自然公園。
東京ドーム三個分を誇る敷地内には、四季折々の木々や花が植えられており、地元住民の憩いの場として親しまれていると、課外授業の時に聞いた気がする。
学校の隣にあるにもかかわらず、駅とは反対方向にあるため、学校の生徒が訪れることは少なく、意外と穴場スポットだったりするのだ。
俺は、公園の入り口から獣道のような舗装されていない遊歩道を歩いて、目的の場所へと向かって行く。
小さな丘のアップダウンを何度か繰り返して、ようやくアスファルトで舗装された道へと出る。
そこから少々歩いたところに、突如として、土の広場が現れた。
広場の端には、サッカーゴールが置かれていて、グラウンド内には、石灰のラインが跡がうっすらと残っている。
定期的に、クラブチームなどが使用していたりするのだろう。
そのグラウンドの奥に置かれた、青々とした桜の木の下にある青いベンチ前に、見覚えのあるシルエットを見つけた。
誰も使っていないグラウンドを突っ切り、俺はベンチに座っている古瀬の元へと向かって行く。
「よっ」
近づいていきながら声を掛けると、古瀬はライバルキャラの登場シーンのような見事な仁王立ちで、腕を組みながら頬をぷくーッと膨らませて不満げな表情を浮かべて待ち構えていた。
「もーっ! やっと来たし。待ちくたびれたんですけど!」
「悪い、悪い。他の部員が帰るの待ってたから」
「だから言ったのに。校門前待ち合わせして、一緒に行けばいいじゃんって! どうして現地集合にしたわけ?」
待ち合わせを校門前ではなく現地にしたことを、古瀬はまだ根に持っているらしい。
俺は皮肉めいた笑みを浮かべて口を開く。
「バカ野郎。そんなことしたら、変な意味で悪目立ちするだろうが」
古瀬と校門前で待ち合わせして、通学路から外れて二人仲よく帰っている姿を在校生に目撃された暁には、とんだ天罰が待っていること間違いなし。
「私はそんなの気にしない。ってか、初木と勘違いされるぐらい、別に構わないし?」
「俺が構うんだよ」
もし、古瀬と俺が付き合ってるとかいう噂が出回ってみろ。
間違いなく古瀬は、他の女子生徒から、『初木なんかと付き合ってんの? 景加って、もしかしてB専? チョーうけるんですけど』と嘲笑されるのが目に見えているのだ。
「まあ、それは置いといて、どうしてわざわざこんな場所に呼び出したわけ?」
俺が尋ねると、待ってましたとばかりに、古瀬はドヤ顔を浮かべる。
「その言葉を待っていたのよ」
古瀬は仕切り直すように一つ咳払いをしてから、視線を上げてにやりと笑うと、ズビシっと俺を指差してきた。
「私と勝負しなさい! 初木」
なんか、バトル漫画のライバルみたいなこと言いだしたんですけど?
「えっと、勝負って何すんの?」
「そりゃもちろん、こんなだだっ広いグラウンドにサッカーゴール。やる事と言ったら一つでしょ?」
「はぁ……」
「ほら、ボール出して」
「へいへい」
俺は、持ってくるよう言われたサッカーボールを取り出して、コロコロっと古瀬の足元に転がしてあげる。
「よっと!」
古瀬は、覚束ない足先でボールをトラップすると、足の裏にボールを乗せて、腰に手を当てて言い放つ。
「初木、私とPK対決しなさい!」
「なんでまたよりによってPK対決?」
「別にいいじゃない。それとも何? 私にPK決められるのが怖いわけ?」
「んなわけあるか。ちっとも怖くねぇよ」
「言ったね、今のセリフ、絶対に後悔させてあげるんだから」
自信満々な様子で、キランとウインクをかます古瀬。
「ハンデはどうする?」
「ハンデなんていらないわよ」
「いやいや、流石にそれは無理があるだろ」
こっちとらサッカー部だぞ?
舐めるなよ?
「じゃあ一発サドンレスにしようよ。その方が、まだ私にも不利じゃないでしょ?」
「まあ、古瀬がそれでいいならいいけどさ……」
「よっしゃ。なら決まりね。負けた方はジュースおごりで!」
「はいよ」
古瀬はくるりと踵を返して、ボールをつま先で蹴りながらゴールの方へとドリブルしていく。
見るからに素人のドリブルだ。
ボールを操る術さえ知らない素人が、現役バリバリのサッカー部とPK対決に挑んでくるとか、正気の沙汰じゃない。
俺たちは、ペナルティエリアの中に入り、お互いに向かい合った。
「先行後攻はどうする?」
「好きな方選んでいいぞ」
「じゃあ私、先行で!」
「おっけい」
古瀬はペナルティエリアのPKスポットにボールを置き、歩合いを合わせるようにしながら後ろへと下がっていく。
俺はゴールライン上に立ち、首や肩を回して軽いストレッチを済ませる。
まあお遊び程度の勝負だ、横っ飛びする必要もないだろう。
「それじゃあ行くよー!」
「おっしゃ、来い!」
こうして、白熱のPK対決が幕を開けた。
古瀬はボールから五歩ほど下がって助走を取る。
そして、キリっと目の色を変えて、ボールめがけて走り出していく。
古瀬の素人とは思えぬ助走に、俺は無意識にすっと膝を曲げて、横っ飛び出来る態勢を整えてしまう。
古瀬が間合いを計るようにして、ボールめがけて駆けていく。
俺がごくりと生唾を飲み込んで身構える。
そして、古瀬がついにボールめがけて足を踏み込んだ。
果たして、勝負の行方は――
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