第33話 気休めの休憩

 成川からの渋々受け入れて、女性陣の元へと戻る。

 古瀬は先ほどよりも血色が大分良くなっていた。

 体調もだいぶ回復したらしく、星川達と雑談に興じている。

 女性陣のお花摘みも終えて、次に向かったのは、超絶ジェットコースター【ええんやないか?】


 身体をガチっと重厚なサドルでロックされ、手足が宙に浮いた状態で、ぐるぐるとコースターが縦回転するという、バカげたアトラクション。

 地面すれすれを通ったり、逆回転に回されたりと、三半規管終了間違いなしの、スリル満点ジェットコースター。

 絶叫度★★★★★


「悪いけど、私これはパス」


 バツ印を作り、ギブアップを申し出たのは古瀬だった。

 古瀬が乗らないことに対して、誰も咎めるものはいない。

 むしろこれは乗らなくて懸命といった空気さえ漂っている。


「ごめんね景加。待たせることになっちゃって」

「ううん、平気。私は少し休んでるから、みんなで楽しんできて」


 古瀬が手を振って見送りに出ようとしたところで、俺も集団の輪から離れた。


「じゃあ、俺も乗らずに待ってるわ」


 俺も同乗して、古瀬と下で待つことにした。


「えっ、せっかくだし乗ろうよ!」

「いや、流石に俺も身体を意味不明にグワングワンされるのは流石に無理だ。三半規管が死ぬ。古瀬と適当に時間潰しておくから、四人で楽しんできてくれ」


 俺がそう言い切ると、四人はそれぞれ視線を交わらせて、申し訳なさそうな表情を浮かべてくる。


「ごめんね、ありがとう初木。景加の事よろしくね」

「おう」


 樋口が先導して、他の四人は【ええんやないか?】の乗り場へと向かって行った。

【ええんやないか?】も、人気アトラクションのため、乗り場には多くの列が出来ていた。

 恐らく、一時間以上は戻ってこないだろう。


「ありがとね。私の為に残ってくれて」


 四人を見送ってた後、古瀬がボソッと感謝の言葉を述べてくる。

 それに対して、俺は首を横に振った。


「いや、別に感謝されるようなことはしてねぇよ。俺もただ単純に乗りたくなかっただけだ」

「そういう所、初木らしいね」


 そう言って、くすりと笑みを浮かべる古瀬。

 彼女はきっと、古瀬が一人待ちぼうけになるから、俺が乗らないという選択をしたと思っているのだろう。

 けれど、本当に【ええんやないか?】だけは、乗りたくなかっただけなのだ。

 まあでも、ここでそれを力説してもカッコ悪いだけなので、古瀬のいいように解釈してもらうことにした。


「どうする? アイツら待ってる間、どこか別の場所でも散策するか?」


 富士ランドは、絶叫系アトラクションが目玉ではあるものの、【機関車ランド】などの子供向け施設も充実している。

 高校生がわざわざ行かなさそうなところであれば、二人で回っても問題ないだろう。


「うーん……じゃあせっかくだし、あれ乗ろ?」


 古瀬が指さした先にあったのは、絶叫系アトラクションの中にポツンと佇んでいる観覧車だった。


「いいのか? 古瀬、高いところ苦手なんだろ?」

「ううん。私高いところは嫌いじゃないよ? 無理やり落とされてる浮遊感が嫌いなだけ」

「なるほど。じゃ、乗りに行きますかね」

「うん、行こうー!」


 古瀬はテンション高めに手を上にあげて、観覧車乗り場へと向かって行く。

 絶叫系アトラクションが売りの遊園地で、わざわざ観覧車に乗る人は多くないようで、ほぼ待ち時間ゼロで乗ることが出来た。

 観覧車の扉を係りの人が閉じてくれて、俺と古瀬を乗せたゴンドラがゆっくりと地上から頂上へと登り始めていく。


 それにしても、観覧車なんて乗ったのはいつぶりだろうか?

 記憶にある限りでは、横浜のコ○モワールドで、母親と一緒に小学生の時乗ったのが最後な気がする。

 そう考えると、実に五、六年ぶりぐらいだ。


「初木、そっち行っていい?」

「んあ? まあいいけど」

「それじゃ、お邪魔します」


 俺が隣のスペースを開けてあげると、向かい側に座っていた古瀬が立ち上がり、空けたスペースにストンと腰掛けてくる。

 その際、ふわりと靡いた艶やかな髪から、シャンプーん香りが漂ってきた。


 俺は意識しないようそっぽを向く。

 すると、ストンと右肩に重みを感じた。

 視線を向ければ、古瀬が俺の肩へ頭を預けてきている。

 突然の行動に、俺の頭は真っ白になってしまう。

 動くことも出来ず、ただ古瀬の様子を見つめることしか出来ない。


 古瀬は俺の肩に頬ずりをしながら、息を大きく吸い込んで、至福の表情を浮かべた。


「はぁっ……初木の匂いがする」


 まるで、恋人の匂いを感じて安心する彼女かのように、甘い吐息を吐く古瀬。


「そんなにいい匂いはしないぞ」

「するよ。初木のいい匂い」


 何これ、凄い恥ずかしいんですけど……。

 じわじわと、俺の顔が内側から熱くなっていくのを感じる。

 そんなことはお構いなしに、古瀬はさらに身体を密着させてきた。


「えへへっ……やっと二人きりになれた」


 嬉しそうな声を上げて、柔らかな笑みを浮かべる古瀬。

 えぇい、だからそういう勘違いしそうなことを軽々しく言ったりスキンシップ取ったりしないでもらえますかね?


 マジで心臓に悪いから!


「べっ、別に。今日は元々二人きりってわけじゃないんだから……」


 俺はそんな減らず口を発することしか出来ない。


「なんかさ、こうやってみんなと一緒に遊んだりする時に、初木がいる事ってないからさ。なんだか朝からずっともどかしかったんだ。いつもなら、二人きりでワーキャー出来るのにぃって」

「まあ、俺みたいなボッチキャラが、クラスの人気者である古瀬と仲睦まじくしてたら、他の奴らから不思議がられるからな」


 それこそ、今まで学校内で築き上げてきた古瀬景加というブランド価値に泥を塗ることになりかねない。


「ほんと、そういう押しつけというか、人を見た目だけで判断するのって、良くないよね」

「それをお前が言うか?」

「あはっ、確かに」


 古瀬は何がおかしかったのか、ケタケタと笑う。


「きっと、去年までの私だったら、こんなこと言わなかったと思う。けど、今は違う。本当に深い関係を築ける人は、お互いの価値観が合ってたり、内面的性格の相性が良かったりする人なんだなってことに気づいたから」


 その言葉には、古瀬が人間として、一歩成長して大人になったということが凝縮されているように思えた。


 古瀬景加は変わったのだ。

 外見的ステータスで価値基準を判断していた頃から、人の内面を気に掛けることが出来るようになったことで……。

 そのきっかけが何かと言われれば、それはおそらく――


「ねぇ……」


 すると、古瀬がぎゅっと俺の手を握ってきた。

 今日何度目か分からない、古瀬からのスキンシップ。

 狭いゴンドラという空間で、しかも二人きりという状況で握られるのは、今までと訳が違う。

 俺は思わず、ごくりと生唾を込み込んだ。


「バスの中で、夏奈と何の話してたの?」

「へっ?」


 予想斜め上の質問が飛んできて、思わず俺は、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 しかし、古瀬の中では違うらしく、必死めいた顔を向けてくる。


「だって、バスの中で隣同士だったし、凄い仲良さそうにしてたから……。それに、なんだか夏奈も満更じゃなさそうだったし……」


 言葉尻に向かえば向かうほど、弱々しくなっていく声。

 どう説明すべきか、俺は言葉に詰まってしまった。

 古瀬を悲しませたくない気持ちと、星川との関係性を内密にしておきたいという強欲な気持ちが沸き上がってきてしまい、頭の中がグチャグチャに混ざりあう。

 古瀬は、気がかりな様子でこちらを上目遣いに見つめてくる。

 そんな可愛らしい視線を向けられ、俺の胸の鼓動はさらに早鐘を打つ。


「えっと……それはその……」


 固唾を飲んで、俺の言葉を待っている古瀬。

 俺は諦めるようにして、ふぅっとため息を吐いた。


「俺が今日ここにいるのは、古瀬に頼まれたからじゃないんだ」

「えっ?」


 意を決して言葉を紡ぐと、古瀬は少々驚いたように瞬きを繰り返す。

 俺は、古瀬に事の経緯を説明することにした。


「実は、星川から依頼を頼まれててな、俺はそれを遂行するためにここに来たんだ」

「もしかして……成川の事」

「あぁ。俺の今日の使命は、星川が成川の告白を防ぐことなんだ」


 俺は、星川と普段から頻繁に会っていることは言わず、厄介ごとを押し付けられた中間管理職ポジとしての立ち位置を取った。

 星川との関係を、他の人に知られたくない。

 自分自身の陳腐なプライドが、古瀬に打ち明けるのを阻んだのだ。


「それで実際、成川からもさっき、今日の夜に行われる打ち上げ花火のイベントで、星川に告白するって言われた。だから、二人きりの状況を作って欲しいと協力もお願いされた」


 俺が今の状況を端的に説明すると、古瀬は困惑した顔で尋ねてくる。


「えっ……それじゃあ初木は、どうするわけ?」

「さぁな。俺もどうしたらいいのかよくわからん」


 他人の恋愛事情に首を突っ込むわけにはいかないので、動向を遠目から見守ることしか出来ないというのが現状なのだ。


「まあでも、二人ともお互いや周りとの関係性を崩したくないというのは一致してるんだ。だからまあ、落としどころは、告白前まで二人きりの状況を楽しんでもらって、花火の時は星川を成川から守る。これなら、告白もされずに済んで関係性も少し進展。他の奴らにも気まずい雰囲気を作ることなく、一件落着って感じに収まると思う」


 俺が自身の現状の考えを述べると、古瀬はポカンと呆けた様子でこちらを見据えてきた。


「どうした?」

「あっ、いや……そこまで考えてくれてたんだなと思って」


 古瀬は何故か、髪の毛を手櫛で梳き始めた。


「そっか……なら今日は、仕方ないから夏奈に初木を譲ってあげることにするよ」


 そう言って、古瀬はにこっと微笑みを浮かべ、白い歯を光らせた。

 きっと、古瀬にとっても、今の居心地の良い居場所を守りたいという気持ちが少なからずあるのだろう。


「理解してくれて助かる」

「いいよ。だってこれは、私にとっても重要な問題だから。それなのに、普段から付き合いの少ない初木にまかせっきりっていうのも、なんだか申し訳ないけど」

「まっ、止められる奴がいないから仕方ないだろ。こういうのは、外部にいる人間の方が適役だ。それに俺は、こういう厄介ごとの処理には慣れてるからな」

「もう、またそうやって自分を卑下する」

「仕方ないだろ。こういう立ち位置でしか、俺は居場所を許されてないんだよ」

「そんなことはないと思うけどな」


 古瀬はそう言ってくれるけど、周りから見たらそうではないのは明白なのだ。

 恐らくそれは、古瀬だって感じていることなのだから。


「あっ、見て見て! 富士山が凄い綺麗に見えるよ!」


 古瀬が窓に張り付くように外を覗き込む。

 俺もそちらへ視線を向けると、微かに雪化粧の残った富士山が、その場にどっしりと佇んでいた。

 山肌には新緑の緑も生い茂り始めている。


 この幸運は、俺たちの関係性を芽吹きのような良い方向へと導くのか?

 それとも、雪解けのように悪い方向へと消滅させていってしまうのか?


 運命は、神のみぞ知る。

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