第32話 成川からの頼み

 【富士マウンテン】を乗り終え、出口に向かうと、再び古瀬がダウンしていた。

 やはり、トンデミナイ?で気持ち悪くなっていた古瀬に、【富士マウンテン】は荷が重すぎたみたいだ。

 ひとまず、古瀬を近くのベンチに座らせて、看病することに。


「景加、大丈夫?」

「うぅ……頭痛い」


 須田さんと星川が心配そうに見つめる中、古瀬はぐったりと項垂れていた。


「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

「なら、交代でいかない? 先男子から行ってきていいよ」

「おっけい」


 古瀬を女性陣に任せて、野郎三人でトイレへ行くことに。


「にしても、あんな憔悴しきった古瀬、初めて見たぜ」

「だな、まさかあそこまで絶叫系がダメだったとは知らなかった」

「申し訳ないことをしちゃったな」


 成川と樋口の話を隣で聞きつつ、俺は手早くトイレを済ませて、一足先に戻ろうとする。


「あっ、初木! ちょっといいか?」


 手を洗い終え、トイレから出たところで、成川に呼び止められる。


「……なんだ?」

「悪いんだけど、折り入って初木に頼みがあるんだ」


 成川が懇願するようにして手を合わせてくる。

 正直、あまり頼みではなさそうな予感を察知した。

 ちらりと樋口を見れば、爽やかフェイスで肩を竦めている。


「一応、話しだけは聞いてやるよ」

「助かる。ちょっと、向こうの方行こうぜ」


 俺たちはトイレを出て、人気のない森の小道へと移動する。

 辺りに誰もいないことを確認してから、成川がおもむろに話し出す。


「今日の夜、メインイベントで花火が打ち上げられるんだけどさ、その時に俺を星川と二人きりして欲しいんだ」

「どうしてだ? なんかあるのか?」


 星川から事情を聞いているから、大体の察しはついていたけど、あえて成川の口から言わせるために誘導するような質問を投げかけた。

 我ながら、意地の悪い質問だったと思う。


「実はさ、俺、星川に告白したいんだ」


 しかし、成川は俺の意地悪い質問にも真っ直ぐな気持ちをぶつけてきた。

 それぐらいの覚悟を持っているということなのだろう。


「えっ、マジかよ⁉」


 知ってはいたものの、ここはわざとらしく驚いて初耳だという反応をしておく。


「マジマジ! だからさ、なにとぞ協力してもらえると助かるんだわ。樋口と一緒に、古瀬と須田さんを上手く引き離して、別行動させて欲しいんだ」

「なるほどな」


 一応、理解を示したような返事を返すものの、こりゃまた面倒なことになったな……。


 星川からは、成川と二人きりになる状況を出来るだけ防いでほしいと頼まれた。

 一方で成川からは、星川と二人きりの状況を作り出して欲しいとお願いされてしまった。

 まさに、板挟みとはこういう状況のことを言うのだろう。


「毎回厄介ごとばかり頼んじゃって悪いとは思ってる。でも今回はマジなんだよ。どうか協力してくれ」


 成川は、土下座をかますのではないかという勢いで頭を下げてくる。

 俺がなんと返答しようかと悩んでいると、成川の頭をガシっと樋口が掴んだ。


「まっ、こいつも本気みたいだしさ。俺たちもコイツの意気込みに免じて、今回は協力してやろうぜ初木」

「樋口……」


 成川が、樋口へ羨望の眼差しを向ける。


「俺と初木で古瀬と須田を引き付けるからさ、お前は今の気持ちを思い切りぶちまけて来い! 初木もそれでいいよな?」


 そう言って、樋口は俺に目配せしてきた。

 俺も首肯したい所であるものの、星川のためにも、成川に確認しておかなければならないことがある。


「成川、一つ聞いていいか?」

「おう、なんだ?」

「あんまりこういう話をするのは良くないってわかってるけど、告白して、仮に振られた時はどうするんだ? 少なくとも、これからも今と同じままってわけにはいかないだろ?」


 星川からの依頼を受けている以上、俺は成川に問わなければならなかった。

 成川だって、今までに似たような経験を一度はしているであろう。

 だからこそ聞かなければならない。

 コイツに、今の関係性が瓦解する覚悟を持ち合わせているのかということを。

 成川は俺の問いに対して、自信たっぷりの表情で答えた。


「あぁ、問題ない。俺と星川は入学時からの仲だ。もし仮に振られたとしても、普段と変わらず振舞えるさ」


 いや、それは違う。

 なぜなら、少なくとも星川は、そうは思っていないのだから。

 成川の自信は、ただ青春という雰囲気の魔の手に吞まれたまやかしだ。


 自分は仲がいいから大丈夫。


 確かに、お互い気配りが出来るタイプなので、表向きでは取り繕って振舞えるかもしれない。

 ただそれは、上っ面の関係性だからこそ出来る事で、本質的に仲がいいとは言えないのだ。

 そして、気まずさからくるストレスは、いずれ居心地の悪さに繋がり、最終的には、グループ内で亀裂が生じていくのだ。

 今まで、俺は何度も自身の目でその光景を目の当たりにしてきた。

 だからこそ、今回の告白は悪手にしか思えない。


「大丈夫だ」


 とそこで、声を上げたのは樋口だった。

 樋口は普段と変わらぬ爽やかフェイスで、俺に言い放つ。


「仮に振られたとしても、その後のフォローは、俺が何とかするよ。だから、思い切りいってこい!」


 そう言って、樋口は成川の背中をバシっと叩いて後押しした。


「それなら、初木も構わないだろ?」

「……あぁ」


 流石の俺も、樋口に言われてしまったら、首を縦に振ることしか出来なかった。


「二人とも……マジでありがとう。俺、頑張ってくるから!」


 成川が歓喜の表情で目に溜まったものを拭い、ミルミルとやる気をみなぎらせている。

 しかし、星川の心情を知っている身としては、成川の気合は、空回りしているだけにしか見えなかった。

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