第31話 須田さんはよく見ている
トンデミナイ?を乗り終えると、古瀬は憔悴した様子でげっそりとしており、みんなに心配されていた。
一方の星川は、トンデミナイ?の楽しさを誰かに共有したいという一心で、成川に饒舌になって積極的に話しかけている。
まあ、あそこまでテンション高く語られちゃったら、『もしかして、俺のこと好きなんじゃね?』って勘違いしてもおかしくないわな。
古瀬の調子が戻ってから、次に向かったのは、富士ランドのメインともいえるジェットコースターである【富士マウンテン】。
二十階建てのビルに相当する最高到達点七十九メートルからの急転直下。
走行時間三分以上という超ロングランの人気アトラクションである。「
絶叫度★★☆☆☆
富士山から吹き降ろす特有の風だったり、天候などの影響で、運休が多い【富士マウンテン】だが、今日は雲一つない快晴で、風もあまりなく、絶好の絶叫アトラクション日和。
【富士マウンテン】も、当然平常運転を続けていた。
おかげで、乗り場は大勢のお客さんの列でごった返している。
古瀬の回復がてら、列に並んで休むことに。
とはいっても、ガタガタガタっというコースターの走る音や、お客さんの叫び声が一定間隔で聞こえてくるので、古瀬はそのたびに眉根を顰めていた。
「本当に苦手なんだな」
「だって仕方ないでしょ……こういう無理やり突き落とされる系は苦手なのよ」
「ちなみに、震撼迷路は平気なのか?」
「お化け屋敷は嫌いじゃない。びっくりはするけど、地上五十メートルから振り落とされるとかないし」
「なるほどな」
古瀬は、高いところから落とされる系の乗り物が特に嫌いらしい。
「ってことは、デ○ズニーのタワテラとかは?」
「無理無理無理。あと正直、スプラもあんまり好きじゃないわ」
「やっぱりかぁ……スプラこそデイズニの醍醐味なのに」
ブシャーっと浴びるミストで髪と顔がびしょ濡れになって、お互いの反応を楽しむのが楽しいのになぁ……。
あれが嫌いな人って、人生の半分破損してると思うわ。
そんな、苦手なものあるあるを話しながら、列は少しずつ前へと進んでいく。
「乗る順番どうする?」
俺たちの番が近づいてきたところで、不意に須田さんがみんなに確認するように尋ねてくる。
「夏川、良かったら一緒に乗らない?」
「えぇーどうしよっかなぁー」
成川に誘われ、夏川は身体を揺らしながらどっちつかずの反応をしている。
全員がそれぞれ視線を交わらせる中、手を挙げたのは樋口だった。
「それじゃあさ、ここは平等にグッパで決めない?」
流石は平等主義者樋口。
今だけは、お前のその心意気に感謝する。
樋口の提案に異論があるものはおらず、組み分けのグッチョッパが行われた。
結果は……
「いやぁーめっちゃテンション上がるわー!」
「そうだね」
俺と隣には、テンション高めの須田さんが座っている。
まさか、須田さんと一緒になるとは……。
ちなみに、他のペアは成川と樋口、星川と古瀬ペアに分かれた。
コースターの最後尾に腰掛けて安全バーを下ろし、乗務員さんに安全バーを下ろしてもらい、シートベルトのチェックを終える。
今は、コースターが動き出すのは今か今かと待っている状態。
「初木さ、最近夏奈と景加からの信頼厚いよね」
すると、唐突に、須田さんが二人の話題を俺に振ってきた。
「そんなんじゃねぇよ。ただ、面倒な厄介ごとに巻き込まれてるだけだ」
「かもねー!」
須田さんは、けらけらと笑い飛ばしてしまう。
「つーか、今日のメンツはなんだよ?」
「えっ? まあその場のノリグループ的な?」
「いや、この前樋口と古瀬なんて、やらかしたばかりじゃねぇか」
「あーそれね。元はと言えば、今回の遊びの趣旨が仲直りらしいよ。これからも友達として仲良くしていきたいからって、成川が企画して、樋口が賛同したんだってさ」
「ほう」
いかにも樋口らしい考えだ。
みんな仲良くしていこう。
樋口の座右の銘ともいえるモットーだ。
綺麗事にもほどがある。
聞いてるだけで、皮肉な言葉が次々と頭の中に沸き上がってきてしまう。
それに、みんな仲良くという時点で、重要なピースが一つ欠けているのだ。
「その趣旨なら、なおさら本坂さんも呼ぶべきだっただろ」
元はと言えば、本坂さんが樋口をデートに誘った際、お茶を濁されてはぐらかされたのが原因なのだから。
「いや、あの子はもう平気だよ。景加が行動してくれたことも怒るどころか、むしろ感謝してたぐらいだし。それにまあ、まだ樋口のこと諦めてないらしいしね」
「ふぅーん。本坂さんって、結構悠長な性格してるのな」
俺だったら、そこまで引き延ばされたら、速攻諦めて次に行く自信がある。
「それが、そうとも限らないんだよねぇー」
「どういうことだ?」
俺が首を傾げると、口元に手を当てて、須田さんが小声で話してくる。
「実はここだけの話、今度樋口と二人きりでデイズニ―行く約束取り付けたんだってさ」
「ほう……」
本坂さん、中々やるじゃないか。
樋口も樋口で、一体どういった風の吹き回しか分からないけど。
まあ、二人が進展してるのなら、俺としては喜ばしい事である。
「まっ、樋口に着いてきてくれーって頼まれちゃったんだけどねー。流石に私もそこは空気読んで断ったよ」
「賢明は判断だな」
やっぱり、樋口も根回しはしていたらしい。
結局は、以前と何も変わり映えせず、進展も好転もしていないということだ。
「お待たせしました、それでは出発します。いってらっしゃーい!」
係員のお姉さんに見送られて、ようやく俺たちを乗せたコースターが動き出した。
乗り場を出てすぐに、傾斜三十度以上あるであろう急な坂道を登っていく。
「それよりもさ、私はアンタの事の方が気になってるけどね」
「俺の事?」
「実際どうなんよ? 景加とはどこまでいってるの?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて尋ねてくる須田さん。
恐らく、樋口と古瀬が言い合いになったとき、俺が追いかけて行ったのを知っているのだろう。
もしかしたら、あの後古瀬が須田さんに話したのかもしれない。
「別に、どうってことないぞ」
「えっ、なんだって?」
コースターが登っていく際に、下でケーブルが手伝っているので、ガタガタガタと大きな音をたてていて、話が聞き取りずらいのだ。
須田さんが耳に手を置いてもう一度尋ねてくる。
「別に、どうもこうもないぞ!」
俺は、須田さんに聞こえるボリュームでもう一度言い切った。
「またまたー! ご冗談を」
冗談じゃねぇよ。
と、心の中だけで突っ込む。
「今日だって、初木連れて行っていい? って、景加が言ってきたんだからね? 何ならその後、夏奈にも同じこと言われたんだけど、あれはどうしてなん?」
須田に問い詰められてしまい、なんと返答していいか困ってしまう。
古瀬の場合は言い訳が付くが、星川と俺が実は放課後に合っているということは知らないだろうからな。
いつの間にか、コースターは中腹辺りまで登ってきていて、園内を一望できるぐらいの高さまで到達していた。
絶叫の時間まで間もなくのため、手早く本当のことを述べることにする。
「成川の件、知ってるか?」
「あぁー……なんとなくだけど、一応」
俺が端的に尋ねると、須田さんは微妙な反応を示す。
詳しくは知らないけど、成川が星川にある一定の好意を示していることぐらいは理解しているような素振りだ。
「俺の今日の任務は、成川が進展するのを阻止することだよ」
それを聞いた須田さんは、ぷっと吹き出した。
「なにそれ、ウけるんだけど」
「いや、うけねぇよ。それにほら、星川からすれば、進展があったら色々と今後が気まずくなるのが嫌なんだろ」
「ふぅーん」
「な、なんだよ?」
意味深な返事を返してきたので、俺は思わず怒気強めに聞き返してしまう。
「初木は、夏奈が成川の告白を断るってわかってるんだなーと思っただけ。随分詳しいんだね」
「べ、別にそういうわけじゃねぇよ。ただ可能性があるから、その確率を減らすために駆り出されただけだ」
「そっか。で、アンタはどうするわけ?」
「どうもこうもねぇよ。ただ俺は――」
そこで、コースターは最高到達点へと達して、富士山麓の景色が現れる。
「頼まれた任務を遂行するだけだ」
俺が言いきった途端、コースターは急転直下で加速して、最高落差七十六メートルを物凄いスピードで降りていく。
コースターが下へと急降下した後、スピードに乗ったまま右へ左へとぐわんぐわん身体を揺らされる中、俺の思考もぐらぐらと揺れてしまうのであった。
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