第38話 俺の出した答えと、彼女の答え
陽も沈み、うっすらとまだ夜が寒い中、イベント広場にはたくさんの人々でにぎわいを見せていた。
それぞれがどこか浮ついた雰囲気で、今か今かとその時を待っている。
俺たち六人も例外ではなく、その瞬間を様々な感情で待っていた。
成川と二人きりにならぬよう、俺はぴったりと星川の後ろに着いた。
これで、星川を視界から見逃すことはない。
辺りがまだかまだかと、胸を膨らませていた時。
ヒューっと一筋に光が上空へと登っていくと――
バンっという大きな音を鳴らして、花を咲かすように花火が上空で弾けた。
観客たちの盛大な歓声湧き上がると、次々に色とりどりの花火が夜空へ咲き誇る。
そこからは、各々スマホで動画や写真を撮ったり、ただただ夜空を眺めながら感傷に浸ったり、花火の美醜に浸っていた。
俺も夜空を見上げながら、花火を眺めていると、星川が一歩後ろにいた俺の元へとやってくる。
花火の光を浴びながら、にこっと花のような微笑みを浮かべる星川。
「花火、綺麗だね」
星川が手でメガホンを作るようにして、俺の耳元に叫んでくる。
「あぁ、そうだな!」
俺も同様にして、星川へ返事を返した。
そこから、お互いに同じ動作を繰り返して話を続ける。
「初木ってさ、こういう花火大会とか、行ったことあるの?」
「小さい頃、家族で何度かな!」
「じゃあ、女の子と来るのは初めて?」
「あぁ、初めてだぞ!」
「ふぅーん……そっか!」
そこで、星川は何やら考えことをするように黙り込んでしまう。
どうしたのかと、星川の様子を窺っていると、彼女は頬を赤く染めながらおもむろに尋ねてくる。
「あのさ……初木が良かったらだけど、今度夏休みになったら、二人で花火観に行かない?」
星川のお誘いに、俺はきょとんと口をあんぐりさせてしまう。
「いやっ……俺なんかと行ってもつまらないだけだろ?」
「そうかな? 私は絶対楽しいと思うけど?」
その自信はどこから出てくるのだろうか?
俺なんてきっと、浴衣姿の星川を見ただけで卒倒してしまうに違いない。
思わず、頭の中で浴衣姿の星川を想像してしまう。
アジサイ模様に彩られた星川の浴衣姿。
髪を結い上げて、普段より大人びた雰囲気を纏った彼女は、とても色っぽかった。
「星川」
とそこで、俺の想像を遮るようにして、星川のことを呼ぶ声が聞こえる。
見れば、成川がちょいちょいと星川を手招きして呼んでいた。
ついに来たか……。
星川も察した様子で、どうしたらいいのか戸惑っている。
そして、最後の頼みの綱である俺に助けを求めるようと、顔を見つめてくる。
俺はそれに対して、ふるふると首を横に振った。
「うん、今行くね……」
どうすることも出来ない。
そういうメッセージだということ悟った星川は、すっと成川の方へ顔を向け、一歩を踏み出そうとした。
ガシッ!
その瞬間、俺は星川の腕を掴んで引き留める。
刹那、星川が驚いた様子で振り返った。
目をパチクリとさせて、俺をじっと見据える。
「こっち」
俺はそのまま、星川の手を掴みながら、人混みをかき分け、成川とは反対方向へと進んでいく。
「あっ、おい初木」
成川の制止の声が聞こえてきた気がするものの、花火の音で聞こえなかったふりをして、グングンン人混みの中へ紛れていく。
「初木……いいの?」
「いいよ別に、気にするな」
ちらりと後ろを見れば、成川が追ってきている様子はない。
けれど、油断は禁物。
いつ星川の元に現れてもいいよう、俺は次の作戦も頭の中では考えていた。
古瀬たちの元から数十メートルほど離れただろうか。
俺はようやく足を止めて、星川の手を離した。
「悪い、ちょっと強引なことをしちまって」
「ううん。平気」
星川は頬を染めつつ、握られた箇所をもう片方の手で触っていた。
相変わらず、辺りには花火の音が鳴り響いているので、声は聞き取りずらい。
「痛かったか? ちょっと強く握りすぎたかもしれん」
「あっ、そうじゃなくて……」
星川は手を離すと、視線を右往左往させながら俯いてしまう。
どうしたのだろうと思っていると、後方から成川がこちらへ近づいてくるのが見えた。
やっぱり、逃げるだけじゃダメだったか。
「星川」
「ん、なに、初木?」
俺は星川へと向き合う。
そして、成川がこちらへ近づいてきたタイミングで、俺は声を張り上げた。
「好きだ、俺と付き合ってくれ!」
俺は星川に、告白の言葉を口にしたのだ。
成川の告白を阻止して、今の現状を維持する方法。
それは、星川達のグループ内にいない俺だけが出来る秘儀。
俺が星川に告白して、振られることだった。
星川は以前、『今は誰とも付き合うつもりはない』と言っていた。
つまり、星川には誰かと付き合う意思はないということ。
であれば、その対象は俺にも当てはまる。
俺が成川の目の前で振られて、『今は誰とも付き合うつもりはない』という言葉を引き出すことが出来れば、成川も告白を先延ばしにせざる負えない。
これこそが、俺が考え抜いた上に思い付いた唯一の方法だ。
成川にはヘイトを買うことになるけど、多少の犠牲は仕方ない。
これでクラスの安寧が保たれるのであれば、安い労力である。
成川も俺の告白が聞こえたらしい。
唖然とした様子で立ち尽くしていた。
俺に告白された星川は、驚きに満ちた様子で頬を軽く朱色に染めている。
と同時に、戸惑った様子で視線を泳がせていた。
困惑する星川に向かって、俺はニヒルな笑みを浮かべて口の端を吊り上げた。
「そうだよな。俺みたいな奴に告白されても、星川も嫌だよな」
「えっ?」
俺の言葉に、唖然とした声を上げる星川。
星川に構うことなく、俺は言葉を続けた。
「そりゃそうだ。仮のここで星川がOKしたら、学校でなんて言われるか、星川だって分かってるはずだ」
はっと気づいたように、星川が息を飲み込んだ。
星川も気づいたのだろう、ここで俺からの告白にOKを出してしまった時、周りからどう思われるのかということを。
顔もパっとしない、クラスで一匹狼していて、厄介ごとを任されるような外れくじ処理係りのクラスののけ者。
そんな俺と星川が付き合ったらどうなるか?
答えは簡単。
星川の今まで積み上げてきたクラスの中心人物というブランド価値が、一瞬にしてなくなることを意味する。
俺に対する周りからの恋愛的評価は、それほどまでに低いのだ。
その程度の存在だからこそ、星川がすべきことはただ一つ。
今こそ言うんだ星川。
『今は誰とも付き合うはず気がない』と。
俺の告白を断るんだ……!
星川に無言の圧力を送る中、今日一番の歓声が辺りから響き渡る。
どうやら、花火がフィナーレに差し掛かっているらしく、花火の弾ける音が絶え間なく聞こえてきている。
隣にいる人の声すらも聞き取りずらい状況で、俺と星川は無言のまま向き合う。
最後にしだれ花火がザァァァァっと大きく夜空を彩り、眩しい閃光が瞬いた直後、星川が頬をリンゴのように染めながら、覚悟を決めたように見上げてきた。
そして、星川は自身の胸に手を当てて言い放つ。
「ありがとう……すごく嬉しい。私は、周りの事なんて全然気にしないよ。だから――」
……あれ、ちょっと待て、接続詞の言葉がおかしいぞ星川。
そこは、『でも』とか、『だけど』とか、逆説の接続詞が来るはずでは!?
段々、不穏な雰囲気が漂い始める。
俺が冷や汗を掻いていると、星川は覚悟を決めた様子で、最後の言葉を張り上げた。
「こんな私で良ければ、是非ともよろしくお願いします」
勢いよく、ひょこっと頭を下げてくる星川。
初木青志、高校二年生。
わざと行った十一回目の告白で、まさかのOKを貰ってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。