第36話 気に食わない奴

 お化け屋敷であれば、多少楽しめる。

 そう思っていた時期が、俺にもありました。


「うぅ……初木……」

「ちょっと、景加、くっ付きすぎだって!」


 両手に華とは、まさにこのことなのだろうか?

 というか、左右の腕を思い切り掴まれているので、身動きがとりずらい。


「初木……先に行って?」

「お願い」


 美少女二人から、潤んだ瞳で懇願される。


「し、仕方ねぇな……」


 俺は古瀬と星川に背中を押されながら、一歩先を歩いて行く。

 薄暗い廊下を進んでいくと――


 ガシャン!


 っと、突如大きな音が鳴り響く。

 思わず、ビクっと肩を揺らして振り返ると、


「ヴェーーーーー」


 後ろから突然、お化けが飛び出してきた。


「ぎゃぁぁぁ!!!!」

「ぎゃぁぁぁ!!!!」


 古瀬と星川が大きな悲鳴を上げながら、俺の腕にしがみついてきた。


 どうしてこんなことになっているのか。

 それは、入場時の組み合わせ決めに遡る。


 二人一組で行こうという話になり、グッチョッパの結果、俺と星川、樋口と古瀬、成川と須田さんというペアになった。

 そして、樋口、古瀬ペアが先に入って行ったのだが、中間地点の所に辿り着くと、何故か古瀬だけが一人佇んでいて、樋口の姿が見当たらなかった。


「あれっ……樋口は?」

「それが……マジ無理って言って、私を置いてリタイアしちゃったの」

「はぁ⁉」


 あいつ何やってんの?

 てか、お化け屋敷無理だったんかい!


 話を聞けば、古瀬にしがみつき、へっぴり腰でガクガクと足を揺らしている姿は、普段の樋口からは想像できないほどのヘタレっぷりだったそう。


「私だって怖いのに……一人で逃げるとか、マジでないんだけど」


 大層お怒りの古瀬を宥めるようにして、俺と星川は必死に宥めた。

 古瀬を一人で行かせるのも可哀そうなので、三人で進むことになり、今に至る。

 それでもやはり、流石は震撼迷路。

 後半になればなるほど、お化け屋敷の恐怖心に慣れてくるかと思いきや、どんどん仕掛けがグレードアップしていく。

 俺たち三人は完全に、この空間に思考を支配されていた。

 樋口がリタイアしてしまったのも無理はない。


「ヴェェェェー」

「ぎゃぁぁぁー!!!」

「いやぁぁぁー!!!」


 俺たちは何とかゆっくりとエリアを進んでいき、最後の直線を走り抜ける。

 すると、ようやく陽の光が差し込む出口が見えてきた。

 俺たちは一気に駆け抜けて外へ出ると、そこには、これから震撼迷路に入るお客さんの列があり、不思議そうな視線が向けられる。


 俺たちは我に返り、恥ずかしさを押し殺しながら、そそくさと出口に向かって行く。

 出口を出た先にある、売店近くのベンチに、まるで一戦交えたボクサーのような哀愁を漂わせた樋口が座り込んで項垂れていた。

 俺は思わず、憐れな視線を送ってしまう。


 一方の古瀬は、先ほどの恨みを思い出してしまったらしく、憎むような視線を樋口へ注いでいた。


「ちょっと、景加のこと連れていくね。初木は樋口の事よろしく」

「おう、悪いけど頼むわ」


 星川が機転を利かせてくれて、古瀬を別の場所へと連れて行ってくれた。

 俺はため息を吐きつつ、樋口の元へと向かって行く。

 樋口も俺の姿に気づき、ふっと口の端を吊り上げた。


「まさか、お前にも苦手なもんがあったとはな」

「古瀬に申し訳ないことをしちゃったな」

「後で謝っとけよ」

「あぁ」


 そこで会話が途切れてしまい、二人の間に何とも言えない空気が漂ってしまう。


「何か飲むか? 買ってくるぞ?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」


 再び、俺と樋口の間に沈黙が流れる。

 辺りを見渡せば、陽が西に傾いてきており、空は真っ青から少し色身を帯び始めていた。


「初木は、今日はどういった風の吹き回しだ? こういう類の遊びに来るなんて珍しいじゃないか」


 何の気なしに、樋口が尋ねてくる。

 それに対して、俺はへっと口端を吊り上げた。


「お前の想像に任せるよ。俺はただ、俺の役目を果たしに来ただけだ」

「そうかい……」

「お前は? 須田さんに誘われたのか?」

「まあそんな感じさ。俺も、俺のやるべきことをするためにね」

「そうかよ」


 樋口が言うと、セリフがかっこよく思えてくるから羨ましい。

 それが少し、イラっとしてしまう。


「お前は、成川の件どう思ってるんだ?」


 この際だと思い、俺は成川の件を樋口に尋ねてみることにした。

 樋口はすっと視線を地面に向けて、脱力したように声を上げる。


「正直、今の状態じゃ厳しいと思っている。星川さんの心は少なくとも、成川には向いてないからね」

「だろうな」


 どうやら、樋口もそこは理解できているらしい。


「君は、成川の告白を阻止しようとしているんだよな?」

「さぁ、どうだろうな?」


 俺が肩を竦めてみせるものの、樋口はそれを肯定と受け取ったらしく、口の端を吊り上げた。


「どうやら今回は、君と意見が一致してるみたいだ」

「ほう……」


 樋口はすっとベンチから立ち上がると、俺の方へと向き直り、居住まいを正したかと思うと、すっと頭を下げてきた。


「俺からも頼みがある。今日の成川の告白を阻んで欲しい」


 樋口に直訴されて、俺は苛立ちを覚えてしまう。

 成川に頼まれた時とは、まるで別の感情が沸き上がってくる。


「さっき、俺がどうにかするって言ってたじゃねぇか」

「今の成川を止めることは出来ないよ。アイツも覚悟を決めちまってる。告白後のケアは出来るけど、二人の関係性を完全に修復する保証は正直ない」

「お前、よくそんな曖昧な自信だけで成川を後押し出来たな」

「何度も説得は試みたさ。まだ時期を待ってもいいんじゃないかってな。けど、成川の意思は固かった。俺に止める術は、もうなかったよ」

「ふっ……そりゃ随分と滑稽だな」


 俺が鼻で笑うと、樋口は陰鬱な表情を浮かべた。


「笑えばいいさ」

「笑えねぇよ。少なくとも、俺にはやんなきゃいけないことがあるからな」


 俺はポケットに手を突っ込みながら、踵を返す。


「……引き受けてくれるのか?」


 俺は立ち止まり、怒りを覚えながら言葉を吐き出した。


「勘違いするな。別にお前のためじぇねぇ。この空間を守りたいって言う友達のためにやるだけだ」

「そうかい……。君しか頼りにできないとは、ほんと情けない話だよ」

「反省会は家に帰ってから一人でしてくれ。俺だって、本当はこんなこと、したくねぇんだよ。バカ野郎」


 そう言い切ると、震撼迷路の出口から、タイミングよく須田さんと成川が出てきた。

 二人は、興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいる。


「最後ヤバ過ぎ!」

「マジビビったわ」


 そこへ、古瀬と星川も合流して、皆が樋口の元へと集まっていく。


「聞いたぜ樋口。お前、途中でリタイアしたんだって?」

「聞いてよ! 私を置いて走り出してどっか行っちゃったんだよ⁉」

「本当にごめん。あれはマジで申し訳ないことをしたと思ってる」

「ほんと信じらんないよね。もし彼氏であれやられたら、即別れる自信あるわ」


 プンスカと、やるせない気持ちを吐露する古瀬と、何度も平謝りする樋口。

 その光景を見ながら、周りで楽しそうに笑っている星川達。

 樋口にとっては、これが彼ら彼女らのあるべき姿なのだろう。

 しかし、男女の恋愛のもつれ一つで揺らいでしまうような脆い関係性が、本当に正しいと、俺は思わない。

 それでも、彼ら彼女らにとっては、これが青春の一ページとして刻まれて行くのだ。

 俺が自ら離れた場所であり、最も忌み嫌う場所であるというのに、どうしてそんな奴らの居場所を守ろうとしているのか。

 本当なら、そんなまがい物の関わり合いなんて、無くなってしまえばいいと思っているのに……。


 ほんと、自分の矛盾さに嫌気が差しきてしまう。

 それでも、頼まれた以上、自分が納得いかなくても、やらなければならない事と言うのは起こりうるのだ。

 これから生きていく中で、何度もそういう場面に遭遇するのだろう。


 ほんと、人間関係なんてくそくらえ。


 俺は心の中で、やるせない気持ちを吐き捨てた。

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