第17話 俺の過去
あれから、どれぐらいの時間が経ったのか分からない。
肩を寄せ合ったまま、お互いに手を握り合っている時間は、ドキドキした緊張よりも、安心感の方が勝り、図書室の一角は、温かみに包まれた空間で彩られていた。
「ねぇ初木」
無音の沈黙を破るようにして、古瀬が俺の名前を呼んでくる。
「ん、どうした?」
「一つ聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
そう尋ねてくる古瀬に対して、俺は『あぁ』っと言葉を漏らした。
しばしの間をおいてから、意を決したように古瀬が声を上げる。
「初木はどうして、クラスのグループに属することを辞めたの?」
古瀬の問いを耳にして、俺は思わず彼女の方を見つめてしまう。
彼女は真剣な眼差しを向けたまま、こちらをじっと見据えて、答えを待っている。
俺は少し目を泳がせつつ、吐き出すように言葉を紡ぐ。
「自分の立場をわきまえるため……かな」
「どういうこと?」
言葉足らずで理解できなかった古瀬が、首を傾げてさらに追及してくる。
俺は自虐的な笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「いくら運動部に所属してたとしても、結局のところ、顔や性格が良くないとモテないのが定石だろ? 今までの俺は、自分がクラスの中心グループにいる事で、恋愛的ポテンシャルが高いんだと勝手に勘違いしてたんだ」
古瀬は黙ったまま、俺の言葉に耳を傾けてくれていた。
俺は、さらに話を続けた。
「でも、実際はそんなことなくて、好きになった女の子にいくらアタックしたとしても、振り向いてもらうことすら叶わない。それどころか、ネタにされることもあった」
まだ自分が愚かだった青春の日々を思い出すようにして、俺の口調も饒舌になっていく。
「俺自身、うすうす気づいてたんだ。そんな高みを望んだとしても、俺のポテンシャルじゃ叶わないってことぐらい。でも……好きって気持ちを自覚してしまった以上、その恋という魔法から逃れることは出来ないんだ。結局、一時の勘違いでも、男なんてのはすぐに心奪われちまうんだよ。そんなの、一過性の情熱に任せた脆い感情に過ぎないだろ。だから俺は、それで他人に迷惑をこうむるぐらいなら、そんな勘違いするような場所に身を置かない方がいいと思ったんだ。それが、去年の冬のことだよ」
自分の気持ちを整理するようにして言葉を紡ぐと、古瀬はさらに質問を重ねてきた。
「でも、身の程を知れたなら、自分の立ち位置をわきまえて、グループに属しながら学校生活を送ることも出来たでしょ? どうしてグループに属さないっていう選択をしたわけ?」
古瀬の言う通り、自分がモテないことを理解したうえで、運動部の陽キャグループに所属しながら、高校生活を送るという選択肢もあっただろう。
あの出来事さえ無ければ。
「まあなんというか、自分への戒めも込めて……かな」
「さっきから言葉が抽象的で分からないよ。はっきり言って? 私、怒らないから」
古瀬が諭すように、優しい口調で言ってくる。
俺は、一つ息を吐いてから、頬を吊り上げ、自虐的な感じで、とある名前を口にした。
「
俺が一人の女の子の名前を口にした途端、古瀬の表情は一気に驚愕の顔へと変化する。
「その様子だと、何があったかぐらいは知ってるみたいだな」
「うん、だって当時、学校中で大騒ぎになったし……噂もある程度は耳にしてたから……」
そりゃ、陽キャグループに属している古瀬にとっては、興味がなくとも風の噂程度で情報は入ってくるだろう。
「俺は浜岸の期待を裏切っちまったんだよ。自分の愚かな一時の感情のせいで」
「えっ?」
不安げな視線を向けてくる古瀬に対して、俺は無機質な感情で口を開く。
「実は俺、最後の日の放課後、浜岸を呼び出して告白したんだよ」
あの日は、雪がしんしんと降りしきるような、寒い冬の夜だった。
俺は浜岸を呼び出して、彼女に告白を敢行したのである。
結果はものの見事に玉砕。
それだけで終われば良かった。
けれど、事態はそうはならなかった。
翌日から、浜岸は突如として学校に姿を現さなくなったのだ。
不登校が続き、クラスのみんなが心配する中、一週間ほど経った頃、担任教師から告げられたのは、衝撃の事実。
浜岸が、学校を退学したという通告だった。
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