第16話 寄り添う二人
俺が向かったのは、特別棟にある図書室。
図書室へ入ると、係りのお姉さんが受付にいるだけで、他に生徒は見当たらない。
俺は係のお姉さんにぺこりと一礼してから、特に咎められることもなく図書室に入る。
そのまま、奥まっている窓際の席へと向かって行くと――
案の定、俺が予想した通り、彼女はそこにいた。
椅子にも座ることもなく、壁に背中をもたれかかさせて、地べたに座り込んだまま俯いてしまっている。
俺は一つ息を吐いてから、古瀬の隣へ腰掛けた。
「……なんで来たの?」
古瀬が、顔を上げずに尋ねてくる。
「そりゃまあ、話し相手になろうと思って。まあ一人で抱え込みたいっていうなら、強制はしないけど」
「……」
古瀬は肯定も否定もしてこない。
俺は肯定と捉えて、話しを続けた。
「何があったのか、俺に話してくれないか? いつものようにさ。少しは気が楽になるだろうし」
「……」
「さっきのを見てた感じ、俺には、古瀬が何か抱え込んでるように見えた。それでちょっと、危なっかしい橋を渡ってるような気もした。だから、俺は古瀬がやったことを褒めるつもりも咎めることもしない。その辺にいる人形だと思ってくれ」
古瀬が何か発するまで、俺は黙ってじっと待っていた。
その間、俺は図書室の天井をボーっと眺める。
普段は気づかなかったけど、天井は三角屋根のようになっていて、いくつもの木の柱が上下左右に向かってかけられている。
いつも利用している場所でも、見る景色が違うだけで、新たな発見があるんだなということを実感した。
「……化けの皮を剥いでやろうと思ったの」
すると、古瀬が重い口をようやく開いてくれた。
「化けの皮?」
俺が優しい声音で尋ねると、古瀬は少し視線を上げて、真っ赤に充血した目で前を見据えながら答えた。
「柚季がね、樋口を二人きりでディ○ニーに行こうって誘ったんだって。そしたら樋口の奴、『みんなで言った方が楽しいから』って、他の人を誘おうって提案したみたいなの。その話を聞いて、柚季の気持ちに気づいてない樋口にイライラしてきちゃって」
「なるほどな。それで、樋口が断った理由を尋ねたってわけか」
「うん……そしたらアイツなんて言ったと思う?『今は、誰とも付き合う気はない』って。アイツ、柚季の気持ちに気づいてた上で、柚季を弄ぶようにはぐらかしてたんだよ? 信じられなくない? はっきりそう言えばいいのにさ」
「もういい。分かったから」
気づけば、俺はそう言葉を零して、古瀬の頭に手を置いていた。
「えっ……?」
驚きに満ちた顔でこちらを見つめてくる古瀬。
「古瀬は偉いよ。よく頑張った。本当に凄い」
「なっ……何よ急に、ほ、褒めても何もないからね⁉」
「分かってるって。でも古瀬は友達想いで、自分の信念を貫こうとした姿勢、本当に凄いと思うよ。色々辛かっただろ? ありがとうな、そんな話を俺にしてくれて」
「バカ……だから私はまだ何もやれて……何も成し遂げられてないっての!」
俺が優しく頭を撫でていると、古瀬は大きく声を張り上げた。
身体をプルプルと震わせて、悔しさを滲み出している。
「私は全然すごくなんかない。勝手に柚季の仇とか思って、出しゃばった結果、変に周りに迷惑をかけて心配かけちゃっただけ。ほんと馬鹿にも程があるよ……」
「そんなことない。そういう愚直なところが、古瀬のいいところだろ?」
「バカ、褒めるな! 今そんなこと言われたら我慢できなくなるから……」
「別にいいよ。俺は気にしないから」
「私が気にするんだっつーの! もう……初木もアイツと一緒で最低だよ」
そう言いながら、古瀬は段々と声が擦れていき、鼻を啜る音が聞こえてくる。
「あぁ、ごめんな悪い奴で」
俺は古瀬に謝りながら、彼女を慰めるように背中を撫でてあげた。
古瀬は本坂さんのために頑張った。
それが例え、本坂さんの気持ちを樋口に打ち明けてしまうという、裏切り行為になるとしても……。
俺は、古瀬の仲間想いで、自身の信念を貫こうとする精神は嫌いじゃない。
しかし、周りから見れば、古瀬が戦犯扱いされても仕方がない行動をしてしまった。
彼女も、覚悟の上での事だったに違ない。
だからこそ、俺が古瀬の味方でいることを示すためにも、今こうして寄り添ってあげる必要があるのだ。
しばらくして、古瀬も冷静さを取り戻したのか、先ほどまでの鼻を啜る音は消え去り、今は消失感にも似た虚無な空気が辺りに充満していた。
「私、もう柚季に会わせる顔無いよ」
「うん」
「他の子にも、のけ者扱いされちゃうのかな」
「かもしれないね」
「はぁ……ほんと、人間関係って面倒くさい」
「そうね。加えてそれが恋愛絡みだと、二倍増しだな」
今回の件に関しては、仕方ない部分が多いので、首を突っ込み過ぎた古瀬も悪いし、結論をはぐらかそうとした樋口にも非がある。
だからこそ、俺は自分の赴くままに行動を起こしたまでの事。
「ねぇ初木」
「ん?」
「初木はさ……私の事、見捨てないでくれる?」
「見捨てるも何も、そもそも拾った覚えすらない」
「もう……そういう所だぞ」
「イデデデデ」
古瀬は力強く、俺の頬を抓ってきた。
「でもさ……」
そう言って、古瀬が俺の頬から手を離すと、今度は自身の顔を俺の肩へ埋めてくる。
ふわりと漂う、女の子特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐり、俺の胸の鼓動は高鳴ってしまう。
「しばらく、こうしてていい?」
まるで、気まぐれに甘えて来る猫のように、古瀬は俺の手を、指先を絡める恋人繋ぎで握り締めてきて、今度は頭を肩に預けてきた。
「ったく、今日の古瀬は面倒くさいなぁ」
「面倒くさくない女の子なんていないもん」
「まっ、それもそっか」
俺はふっと息をついてから、反対側の手を伸ばして、古瀬の頭を優しく撫でてやる。
「仕方ねぇから、古瀬の気持ちが落ち着くまで、俺の肩を貸してやる」
「……初木の癖に生意気だし」
「うるせぇ」
そんな悪態をつきながらも、俺たちはお互いの温もりを確かめ合うようにして寄り添い合う。
誰もいないことをいいことに、大胆なことをしているなと思いつつも、彼女の温もりを感じていて、とても気持ちが落ち着いていくのを感じる。
「はぁ……これ落ち着く」
つい心に思っていたことが口に出てしまったという様子で、古瀬が俺と思っている同じ気持ちを言葉で零す。
「……だな。なんだか古瀬とこうしてるとすげー落ち着く」
「えへへっ……もしかしたら私たち、相性いいのかもね」
「バカ言え」
「ははっ、だよね」
そんな他愛のない会話を時々しながら、俺たちは授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、しばらく縁側でお茶を啜る夫婦みたいに寄り添い合うのであった。
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