第18話 進展

 俺は、高校一年生の時、浜岸梨花に告白して玉砕。

 わずか一週間後、彼女は学校を辞めてしまった。

 その出来事について、古瀬に説明している。


「当時、浜岸がどうして突如学校から姿を消したのか。誰も聞かされてなくて、クラスのみんなが悲しみと混乱の渦に包まれたよ」


 クラスを引っ張る中心人物だった生徒が突然の中退。

 教室の空気が、しばらくお通夜だったのを今でも鮮明に覚えている。



「しばらくして、みんなの気持ちの整理もついてきた頃から、次第に浜岸の足取りを探り始めるようになった。そこで浮上したのが、俺だったってわけ」


 俺は浜岸が最後に登校してきた日の放課後、浜岸に告白して振られている。

 たまたま、俺と浜岸が二人で合っているところを目撃していた生徒がいたらしい。


「それで、告白した事実を話すわけにもいかないし、お茶を濁し続けてたら、勝手に噂が一人歩きして、気づいたら、俺が浜岸のことを学校から追いやったって、戦犯扱いされてた」


 誰かを悪者扱いした方が、みんな現実を受け入れられる。

 だから俺は、否定することもせず、自らが泥を被ることで、全員が前を向くように仕向けたのだ。


「俺が告白したのが起因して、浜岸は学校を退学した。そう理由付けをしてこの件はおしまい。永遠に蓋をして、見て見ぬふりをする。その代償として、俺はクラスでの立場を失ったってわけ」

「そんな……それじゃあ初木は、何も悪くないじゃん!」


 今まで、誰にも語ってこなかった壮絶な過去を打ち明けると、古瀬は声を荒げるようにして擁護してくれる。

 俺は、彼女を諭すようにして、首を横に振った。


「そうとは限らねぇよ。結局、浜岸の真相は分からないままだからな。もしかしたら、本当に俺が告白したことが原因で、退学した可能性だってゼロじゃない。でも最終的に、俺に全責任を押し付けることによって、この出来事はなかったことにしようということになって、闇に葬られた。ただそれだけのことだ」

 

 俺が投げやりに言い切ると、古瀬は申し訳なさそうに首を垂れた。


「ごめん……嫌な過去を思い出させちゃって」

「いや、別に構わねぇよ。これは、俺が一人で抱えていけばいい罪だから」


 俺がそう言うと、古瀬は何か言いたげな様子で俺の方を睨みつけてくるものの、何も言ってくることはなかった。

 きっと古瀬も、浜岸について思う所があるので、俺に罪をそのまま押し付けていた方がいい。

 そう判断したのだろう。

 正しい。

 古瀬がこれからもクラスのトップであるには、臭い物に蓋をして、踏み台にしていく犠牲は必要なのだ。


「じゃ……ダメかな?」


 すると、古瀬が震える声で何かつぶやいた。


「えっ……? 今、なんて?」


 聞き取れなかったので、俺はもう一度古瀬に尋ねた。

 古瀬は視線を上げて、こちらを窺うようにしながら再び口を開く。


「私じゃ……ダメかな?」

「えっ……?」


 どういうことだ?

 俺が首を傾げていると、古瀬が自身の言葉に付け加えるようにして、さらに言葉を紡いだ。


「私じゃ、初木の過去を払拭する存在にはなれない?」

「……」


 古瀬の問いかけに、俺は言葉を失ってしまう。

 というより、唖然としてしまったという表現の方が正しいだろうか。

 彼女は、俺の過去を知った上で、何のメリットもないのに、わざわざ寄り添おうとして来てくれているのだ。


「別に……古瀬が俺なんかに構う必要ないだろ」

「そんなことない。私は今まで、初木に愚痴ばかり吐いてきた。初木は私の話をずっと親身に聞いてくれた。今回の件だって、私に寄り添ってくれて……。だから、せめてもの恩返しじゃないけど、初木の心の傷を少しでも癒してあげたい」

「いや、そんなこと、古瀬が思う必要ない」


 古瀬はもっと、俺みたいな木陰にひっそりと生えているコケみたいな存在よりも、もっと高くそびえ立つくすのきのような目立つ存在に寄り添ってあげるべきなのだから。


「でも私たち、じゃないんでしょ?」

「なっ……」


 古瀬の口から出たのは、俺が以前問われた時に、言い放ったセリフ。

 俺は思わず、息を呑んで黙り込んでしまう。


「初めてだったの。初木にそう言われて、ポワポワーって胸が変な感じになって、苦しいような心地いいような、不思議な感覚にさせられたの。私はそれが、何か特別な関係だと言われたみたいで嬉しかった。こんなに浮かれてるのって、私だけかな?」

「いや、そんなことはないぞ。大体はそう言う認識で合ってるから」


 俺が頬を掻きながらぼやくと、古瀬は真っ直ぐこちらを見据えてきた。


「なら、そんな特別な関係な私でも、初木の過去には踏み込んじゃダメなの?」


 そう尋ねてくる古瀬の目元は潤んでいて、今にも涙腺が崩壊してしまうのではないかというほどに声が震えていた。

 彼女が吐露してくれた気持ちを汲み取って、俺は確認の意を込めて尋ねてしまう。


「俺、古瀬のタイプの男でも何でもないぞ?」

「うん、知ってる」

「それでも、俺と特別な関係性を築き上げたいっていうのか?」

「正直、私もこの感情がどういうものなのかよくわかってない。恋愛的に好いているのか、理解ある親友としてなのか……。だからこそ、初木と探し出してみたいの。この感情の答えを」


 そう言い切った古瀬は、俺の手を両手で包み込むようにして握り締めてくる。


「私たちで見つけだしてみようよ。っていうものをさ」


 もう古瀬の目元に涙はなく、見据える先には、未来の景色しか映っていないように見えた。


「ダメ……かな?」


 俺の反応がなく、不安げな瞳でこちらを上目遣いに見据えてくる古瀬。

 古瀬の視線を受け取り、ようやく正気に戻った俺は、すうっと大きく息を吸い込んだ。


「分かった……俺達で見つけ出してみよう。特別な関係性の本物を」

「うん!」

「ただもしかしたら、これから関係が進んでいくごとに、古瀬を傷つけることになるかもしれない。俺と古瀬の中で想う特別が異なるかもしれない。俺みたいな奴に裏切られて、古瀬のプライドが許さなくて、そのまま崩壊する可能性だってある。それでもいいのか?」


 最後の問いかけのつもりで俺が尋ねると、古瀬はふっとおかしそうな様子で笑顔を見せた。


「もう、初木は自分の事卑下しすぎだっての。少なくとも、初木が思っている以上に、私は結構気に入ってるんだよ? もちろんそれは、異性として魅力があるっていう意味でね」

「なっ……」


 衝撃的なカミングアウトに、俺は驚きと同時に、恥ずかしさが込み上げてきてしまった。

 だってその言葉は、古瀬から男としてカッコイイと言われたも同然の事。

 こんな美少女に、そんな言葉を言われて、嬉しくならない男子などいないだろう。

 俺が反応に困っている間にも、古瀬は居住まいを正して、こちらへ視線を送ってくる。


「だからこれからも、こんな醜い私だけど、今後ともよろしくお願いします」


 律儀に頭を下げてくる古瀬に対して、俺は――


「おう……こ、これからもよろしく」


 と、どもった声で返事を返すことしか出来なかった。


 それでも、結果として俺と古瀬は、特別な関係性の先にある答えを探すための旅へ出ることを、決意するのであった。

 

 見つけた先に、どんな結末が待っていようとも、それを受け入れるという覚悟を持って。

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