第40話 消化しきれない気持ち

 無数の花火が夜空に打ち上げられている最中、私、古瀬景加は、後ろの方で初木と夏奈、成川の三人が何やらただならぬ雰囲気が流れているのを横目に見ていた。

 成川に話しかけられ、困り果てた表情を浮かべる夏奈。

 夏奈が助けを求めるように初木へ視線を向けた。

 しかし、初木は首を横に振る。

 夏奈はどこかあきらめたような表情で、成川の元へ向かおうとした。

 その時だった、初木が夏奈の腕を掴み、反対方向へと歩き出したのは……。


 夏奈の手を引いて、二人は人混みの中へと紛れて行ってしまう。

 それに気づいた成川が、急いで二人の後を追っていく。

 私は自然に、三人の後を追おうとしていた。

 足を動かした直後、後ろからガシっと腕を掴まれてしまう。

 振り向けば、私の腕を掴んだ樋口が、優しい微笑みを向けていた。


「後を追わない方がいい。あまりいいものは見れないと思うから」


 樋口は何かを知っているかのような口ぶりで、私を引き留めてくる。


「放して……」


 私が低い声でお願いする。

 しかし、樋口はふるふると首を横に振った。


「放さない」

「どうして?」


 私の心は不安に満たされていた。

 初木と夏奈が、二人で抜け駆けしていったのは明白。

 私の心は気が気じゃない。

 夜の花火という当てられた雰囲気の中、二人が寄り添う姿を想像するだけで、私の心が蝕まれて行く。


「放してよ!」


 私が樋口の腕を振りほどこうと、必死に手を振り解こうとしていた。

 しかし、私の力では到底及ぶはずもなく、樋口は私の腕をがっちりと掴んで離してくれない。


「どうして……どうしてこんなことするの?」


 私は震える声で、樋口を咎めるように睨みつける。


「これから、みんなが仲良くやっていくためにも必要な儀式だからだ。だから、古瀬がそれを知る必要はないんだ」

「意味わかんない! ちゃんと説明して!」


 私がそう叫ぶと、樋口はまたも、望みに反して首を横に振った。


「それは出来ないよ。これは、君の気持ちを守るためでもあるから」

「はぁ⁉ 私の気持ち!? そんなの、樋口に分かるわけないでしょ!」

「分かるよ。少なくとも、初木のことを何かしら思っていることぐらいはね」

「っ……⁉」


 私の考えていることを見透かしたような発言に、唖然としてしまう。

 と同時に、樋口は何も分かっていないと思った。

 初木がどういう思考の持ち主かを……。


 それを見て見ぬふりをしろと、樋口はそう言ってきているのだ。


 初木と約束したのだ。

 特別な関係性をこれから二人で見つけていくんだと。

 だからこそ、こういうときだけ都合のいいように、彼に頼ってはいけない。


 花火の音が大きくなり、夜空に煌びやかな眼光が響く。

 私はぐっと唇を噛み締めて、居ても立ってもいられないこの気持ちを消化しきれないでいた。


 悔しい……。

 こういう時に、本当は彼を助けられる存在でありたいのに……。

 私の中に消化しきれないものが沸き上がってきて、身体が震えてきてしまう。

 花火が夜空を照らす中、私は地面を見つめながら、目頭が熱くなるのを感じつつ、やるせない気持ち吐き出すように嗚咽を漏らした。

 初木のために何もすることが出来ず、ただ佇んでいることしか出来ないことが本当につらい。

 私はただ、地面にポタポタと雫を零すことしか出来ないのであった。



 ◇◇◇



 花火が終わった直後、私たちの元へ、成川が死んだような表情をして戻ってきた。


「何してたんだよ。花火終わっちまったぞ。みんなで写真撮りたかったのによ」


 樋口が何でもないといった様子で明るく振舞うと、成川君はただ一言『悪い』とだけ声を上げた。

 夏奈の件で何かあったことは明らかで、成川君の顔はやつれている。

 しばらくして、初木と夏奈も二人で戻ってきた。

 夏奈の表情はすっきりしていて、初木はどこか困惑しているように見えた。


 あれから、変化したことがある。

 それは、初木と夏奈の距離感が、明らかに近くなっているということ。


 六人で記念撮影を終えてから、お土産コーナーでお土産を選んでいる間も、夏奈はずっと初木の隣を付かず離れつという感じでべったりだ。

 まるで、恋人のように……。


 一体何があったの?


 私の心の中で、焦燥感と不安が募っていく。

 お土産を購入し終えて、バスへ乗り込んでからも、夏奈は当然のように初木と隣の席に誘って、一緒に座り込む。

 私は一つ後ろの列の席に座ったけれど、二人の様子を窺ってみても、何をしているのか見ることは出来ない。

 バスが目的地へと向かって走り出す中、隣に座っていた百合子はすぐさま夢の中へと導かれて行く。

 通路を挟んだ隣の座席を見れば、樋口も腕を組みながら眠りについており、窓側に座る成川君は、どこか哀愁漂う感じで窓の外の景色を眺めていた。

 そして、視線を前に戻した時、丁度後ろの様子を確認していた初木と目が合ってしまう。

 お互い探り合うように、無言で見つめ合う。

 しかし、私は耐えられず、つい透かしたように視線を車内の前方の方へと向けてしまった。


 初木は、身体を元に戻してしまう。


 気になる……。

 私の知らない所で、夏奈との間に何があったの?

 成川は一体どうなったわけ?

 一体初木は、何をしたの?


 そんな疑問ばかりが頭の中に思い浮かんでは反芻する。

 ついに耐えきれなくなり、スマホを取り出して、初木へメッセージを送ろうかと考えたものの、書いては消してを繰り返すだけ。


 結局、バスを降りて解散するまで、答えを聞く恐怖心が勝り、初木に真実を聞くことは出来なかった。

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