第4話 クラスでの立ち位置ともう一人の美少女

 キーンコーンカーンコーン。

 六時限目終了のチャイムが鳴り響き、教室の重苦しい空気が一気に弛緩する。


「日直、号令」

「気をつけ、令!」


 日直の号令で、数学教師に一礼すると、一日の授業が終わりを告げた。


「ふぅ……やっと終わった」


 苦痛の時間が終わりを告げ、俺は椅子の背もたれに寄り掛かった。

 授業の気疲れでぐったりしれる俺とは対照的に、二年二組の教室は、喧噪に包まれていた。


 みんな元気じゃのぉ……。

 おじさんみたいな感想を抱きつつ、俺は机に突っ伏して辺りを見渡した。

 あとは担任教師がやってきて、帰りのSHRショートホームルームをやり過ごせば、放課後の部活動の時間がやってくる。


景加けいか―!」


 とそこへ、古瀬を呼ぶ、甲高いソプラノ声が教室内に響き渡る。

 声の方へ視線を向ければ、肩にかかるかかからないかぐらいのショートボブの髪と、膝丈からかなり短いスカートの裾を揺らす、これまた美少女の女子生徒が、窓際で座っている古瀬の元へと向かって行き、勢いよく飛びついた。


「もう夏奈なつな―! そんな急に抱き着いてこないでよー!」

「いいじゃん! だって景加の身体、すっごい理想的なんだもん!」

「だから、変なところ触るのやめてってばぁー!」


 仲睦まじい様子で抱き着き抱き締められるという、なんとも百合百合しい空間がそこには広がっていて……。

 あぁ、なんと美しきことか。


 古瀬に抱き着いた女子生徒の名前は、星川夏奈ほしかわなつな

 小柄な体格で、いつも笑顔を絶やさない彼女は、まさにクラスで輝く一番星。

 古瀬が女神であれば、星川は天使といったところだろうか?

 

 二人は、学年で一、二を争う美少女であり、男子にも大変人気が高い。

 そんな二人が、キャッキャウフフと黄色い声を上げてたわむれる光景は、まさに花園であり聖域。

 眺めているだけでも眩しすぎて、直視することすらはばかられる。


 そんな美少女達の戯れる様子に、クラス内の男子生徒達の視線も釘付け。

 二人に近づくことすら許されないほど、そこはまさに不可侵な領域と化していた。


 今更だけど、俺ってあんな美少女と毎日図書室で二人っきりで会話してるとか、冷静に考えたらヤバいよな。

 俺が古瀬と図書室で密会していることは、ここにいるクラスメイトは誰も知らない。

 恐らく古瀬も、俺みたいなブサメンと二人で会っていることを周りに知られることを、あまり良く思っていないんだろう。


「初木、ちょっといいか?」


 そんな、美少女達のお戯れを眺めていると、クラスメイトの成川陽介なりかわようすけが、俺に声を掛けてきた。

 成川は、陽キャグループに所属する野球部のエースであり、丸刈り頭が特徴的な男男子生徒。

 そんな成川が、クラスで一匹狼している俺に声をかけて来るなど、嫌な予感しかしない。


「どうした成川?」


 疑念を感じつつも、俺は平静を装って尋ねる。

 すると、成川は手を合わせて懇願してきた。


「悪い初木、今日の文化祭会議、代わりに参加してくれないか?」 


 ほらな、不安的中。

 やっぱりろくな要件じゃなかった。


「最後の大会が近くて、少しでも練習に費やしたいんだよ。頼む!!」


 成川はさらに深々と頭を下げて頼み込んでくる。

 野球部は現在、夏の大会である甲子園の県予選に向けて最終調整の真っ只中。

 三年生の先輩が最後の大会ということもあり、一秒でも時間が惜しいのだろう。

 いや、それは分かるんだけどさ……。


「なんでよりによって俺なわけ? 樋口ひぐちとかに頼めばいいだろ」


 樋口とは、成川と同じ陽キャグループに所属するサッカー部のエースだ。

 俺がそう尋ねると、成川が苦笑じみた表情を浮かべる。


「いや、樋口とかにも頼んだんだぜ? そしたらよ、『俺達も部活があって忙しい』って断られたんだよ」


 いやいや、俺だってこの後部活だから。

 ってかなんなら俺、樋口と同じ部活だからな⁉


「頼む! 初木しか頼れる奴がいないんだよ!」


 成川はなりふり構わず、縋る思いで頭を下げてくる。

 そんな成川に、俺は根負けしてため息を吐いた。


「分かったよ。出ればいいんだろ出れば……」

「ほんとかー!? マジで助かるぜ! このお礼は、今度必ず返すから!」

「いいよ、別にお礼なんか返さなくても」


 俺が半ば折れた形で会議に出ることを了承すると、成川は手短に口頭で用件だけ伝えてくる。


「会議は三時半から第二会議室な! よろしく頼むわ! あと、何かプリントとか配られたら、俺の机の下に入れておいてくれ」

「はいよ」

「マジでサンキューな!」

「おう、大会頑張れよ」

「任せろ!」


 サムズアップして、成川はスキップしながら陽キャグループの方へと戻っていく。


 にしても、また面倒な仕事を引き受けてしまった。

 断れない俺も俺だけど、どうしてクラスの奴らは、こうも厄介ごとを俺ばかりに押し付けてくるのかねぇ?

 そんなことを思っていると、陽キャグループたちの話し声が耳に入ってくる。


「初木、引き受けてくれた!」

「お、マジか! 流石初木!」

「だから言っただろ? 初木なら絶対に引き受けてくれるって」

「樋口の言う通りだったわ。マジで助かったぜ!」


 どうやら、俺に頼み込めば断らない事を、樋口が成川に口添えしたらしい。


 あの野郎……あとで覚えとけよ。


 まあでも元はと言えば、この立ち位置に収まってしまった自分のせいでもある。

 

 とあることがきっかけで、俺はグループと関わるのを辞めた。

 それ以降、初木=真面目というレッテルが張られてしまい、元から頼みを引き受ける性格だったこともあり、気づけば厄介ごとや面倒ごとを頼まれるポジションに落ち着いてしまった。


 一応、俺も運動部のはずなのだけどなぁ……。

 カースト関係なく、分け隔てなく話すことが出来るから、それぞれのグループの橋渡し的な役割になっているのだ。


 会社で言う中間管理職、相談役みたいな仕事。

 出来れば、社会に出たらこんな面倒こと、絶対に引き受けたくない。

 けれど、こういう面倒ごとを誰かが引き受けなければ、組織というのは回らないのも事実。

 ほんと、世の中理不尽極まりない。


 誰とでも話せるものの、属しているグループはなく、一匹狼しているのが俺、初木青志の現在の立ち位置。

 他の人の面倒な頼み事を引き受け、クラスの波風を立てぬよう平穏に過ごせばいいのだ。


 ピコン。

 とそこへ、スマホの通知音が鳴り響く、画面に目をやれば、とある人物からのメッセージだった。


【大丈夫? なんか成川に頼み事されてたみたいだけど】


 心配してくる彼女へ、俺は返事を返しておく。


【平気、平気。文化祭会議に出て欲しいって頼まれただけだから】

【私が代わりに出ようか?】

【いや、こんなたらいまわしの仕事させるわけにはいかないよ。俺が出る】

【あんまり無理はしないでね?】

【分かってる】


 俺がメッセージのやり取りをしているのは、先ほど古瀬と戯れていた小柄な美少女である星川夏奈。

 ちらりと視線を教室に向ければ、いつの間にか星川は古瀬の元から離れ、自席に座って、机の下でポチポチとスマホをいじっていた。

 そしてすぐさま、俺のスマホへ返信が返ってくる。


【それでさ、今日の放課後って時間空いてたりする? 良かったら、また新刊貸して欲しいんだけど】

【分かった。それじゃあ部活終わりに、いつもの場所で】

【おっけーい!】


 適当にグッドサインのスタンプを押して、俺はメッセージのやり取りを終える。

 俺はクラスでもう一人の美少女である星川夏奈とも、秘密の関係を持っているのだ。

 その関係とは――

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