第21話 杞憂からの相談

 俺は改札口をくぐり、駅前から伸びるアーケード街を緊張した面持ちで進んでいく。

 星兄さんをどう説得したいいのか、何度も電車の中で考えを巡らせたものの、結局最適解は出てこなくて、今に至る。

 もうこうなったら、星川とライトノベルという媒体を通して、共通の趣味を見つけたことで仲良くなりました、妹さんとは仲の良い友達です。

 邪な感情など、一切ございませんと、きっぱり言い切ろう。

 それでも納得いかず、星にさんが激昂してきたら、その時はその時だ。

 俺が覚悟を決めて、アーケード街から一つ外れた細い路地へと入る。

 漫画喫茶が入っている雑居ビルの入り口前で、星川が一人で待っていた。


 辺りを見渡しても、星兄さんの姿は見受けられない。


「お疲れー」

「おう、お疲れ……」


 星川はちょっとむすっとした感じで挨拶を交わしてくる。


「あれっ……お兄さんと一緒じゃないの?」


 俺が尋ねると、星川は眉間に皺を寄せた。


「どうしてお兄ちゃんと一緒にいなきゃいけないワケ?」

「えっ……? だって、俺と放課後に会ってることがバレたから、呼び出したんじゃないの?」

「違うよ。確かにお兄ちゃんには追及されまくったけど、これ以上この話題を口にしたら、二度と口聞いてあげないからって言ったら引き下がってくれた」

「お、おう……そうだったのか」


 星川は、嫌なことを思い出してしまったのか、はぁっとため息を吐いている。

 さっき、帰り道でも問い詰められてたんだろうな。


「それじゃあ……どうして今日は呼び出したんだ?」


 俺が再度尋ねると、星川はくるりと身体を雑居ビルの方へと向けてしまう。


「とりあえず、中は入ろ?」

「お、おう……」


 何だろう、凄い星川が怖いんだけど……。

 いつもとは違う重苦しい雰囲気に包まれながら、俺たちは漫画喫茶へ入店し、いつものようにカップルシートを選択して、ドリンクバーを手にして部屋へと入る。


「ふぅ……」


 星川は、ホットの紅茶を一口啜ると、紙コップを机の上に置いて、居住まいを正してこちらを見据えてきた。

 俺も自然と、背筋が伸ばして身構えてしまう。


「ありがとう、景加のこと慰めてくれて」


 すると、星川から返ってきたのは、意外にも感謝の言葉だった。


「えっ……?」

「景加の傍にいてくれたんでしょ?」


 星川は、確信めいた視線を向けてきている。


「き、気づいてたのか」

「そりゃね。授業が始まっても、二人とも戻ってこないんだもん」


 まあ、隣の二人が突然いなくなったと考えれば、気づかれるのも仕方ないか。


「もしかして、私以外の女を慰めに行ったことを咎めるとでも思った? それとも、二人きりでしょっちゅう仲良さそうに会ってることを、怒られるとでも?」

「なっ……知ってたのか⁉」


 星川からの衝撃的なカミングアウトに、俺は思わず慌てふためいてしまう。


「そりゃ、いつもお昼ご飯食べ終えると、お茶を濁して一人でどっか行っちゃうんだもん。何してるのか気になるに決まってるでしょ?」

「それで、後を付けたってことか?」

「まあね。それで後を追ってみたら、図書室で楽しそうに話す二人を見かけて……」

「そうだったのか……」


 まさか、星川に俺と古瀬の密会がバレているとは……。


「初木は、景加の相談相手になってくれてたんだよね。私たちには言えないような相談にも乗ってくれて」

「その……悪かった」

「どうして謝るの?」

「だって……親友にも言えないようなことを、俺みたいなよくわからん奴に相談してるって知ったら、裏切られたような気持ちになるだろ?」


 何でも気軽に相談に乗ることが出来るからこそ、真の意味で親友だと思うから。

 しかし、星川は首をふるふると横に振った。


「別に、私はそんなこと思わないよ。いくら親友でも、女同士だと話しずらい相談とかもあるからね。特に、色恋沙汰になると余計ね……」


 星川は苦笑した笑みを浮かべながらつぶやいた。

 きっと、星川にも経験があるのだろう。


「だから、景加の相談に乗ってくれてありがとう」


 星川はそう言って、再び感謝の言葉を述べるとともに、頭を下げてきた。


「……怒ってないのか?」

「どうして私が怒る筋合いがあるわけ?」

「いやっ……そのぉ……」


 冷静に考えてみたら、俺と古瀬が何をしてようと、星川に咎められることなどまるでないのだ。


「……悪かった」

「だから、謝る必要ないってば。それとも何? 本当は怒って欲しいとわけ?」

「いや、そう言うわけじゃない。ただ、今回は、古瀬がちょっと一人走り過ぎちゃったのを慰めただけで、事前に止めることは出来なかった。本当に自分が役に立てたのか、分からないから……」


 古瀬のことを慰めたのはいいけれど、それが本当に正しい事だったのか、星川を前にすると、自信が無くなってきてしまったのだ。


「多分、あれでよかったんだと思うよ。初木がいたからこそ、景加は勇気を出すことが出来たと思うから」

「そんなことないだろ。古瀬は俺がいなくても。同じ選択を取ってたと思うぞ?」

「そうかな? 私はそうは思わないけど」

「どうしてそう思うんだ?」

「それはまあ……ううん。やっぱり何でもない」

「なんだよ、すげぇ気になるんだけど」

「女の子は多少なりの秘密があった方が魅力的なの。だから、自分の頭で考えな」


 そう言って、星川は俺の唇へ、ピトっと人差し指を当ててくる。

 突然のスキンシップに、俺はドキっとしてしまう。


 星川はしてやったりといった様子で、キランと可愛らしくウインクをしてみせる。

 そして、俺の唇から指を離すと、どこか哀愁漂う表情で口を開いた。


「だから、景加の身に何かあったら、これからも相談の乗ってあげてね」


 まるでわが子を見守る母親のように、星川は言ってくる。


「で、でも……本当にいいのか?」

「何が?」

「だって……いや、何でもない。忘れてくれ」

「なにそれ。変な初木」


 くすりと笑う星川をよそに、俺は口ごもってしまった。

 星川が本当に納得しているようには、俺の目には見えなかったから……。

 もし、俺が星川の立場だったら、どうして自分に相談してくれなかったのだろうとなるはずなのに……。


「じゃあさ、もし初木が罪悪感持ってるならなんだけど……」


 そう前置きして、星川が人差し指を突き合わせて頬を赤く染めると、ちらりと上目遣いに俺を見据えてきた。


「私の悩みも、聞いてくれない?」


 恐る恐る尋ねてくる星川。

 しかし、どこか彼女の視線は決意に満ちているような気がした。


「あぁ……俺なんかで良ければいつでも」


 気づけば、俺は自然とそう口にしていた。


「ありがと……」


 星川はにこりと柔らかく微笑んで、一つ息を吐いてから、俺をまっすぐな瞳で見据えた。


「あのね――」


 そして、星川は意を決したように、自身の悩みを打ち明ける。

 その内容とは――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る