第28話 バスの席順

 バスへと乗り込んだところで、早速大きな問題が発生した。

 バスは、中央に通路がある4列シートの座席。

 俺たちは男三、女三のため、必然的に一組男女ペアで座ることになるのだ。

 自然と、成川と樋口が隣同士で座ってしまったため、俺が女子一人と座る犠牲者となってしまう。

 俺と古瀬と星川は、どうしようかと視線を巡らせる。


「景加! 一緒に座ろ!」

「あっ……うん」


 そこで、我らが絶対王政須田さんの一言により、古瀬が手を引かれて、成川と樋口の通路を挟んだ隣の席へと腰掛けてしまう。

 取り残された俺と星川は、お互いに顔を見合わせた。


「俺が隣でもいいか?」

「うん、いいよ」


 俺は星川は、古瀬たちの一つ前の列に、隣同士で座り込む。

 星川を窓側に座らせて、俺は通路側に腰掛けた。

 バスはほぼ満席で、多くの乗客で混雑している。

 しばらくして、バスの扉が閉まり、富士ランドへ向けて出発した。

 走り出して駅前のロータリーを出ていくのと同時に、シートベルト着用のお願いのアナウンスが流れ始める。


 バスに揺られつつ、俺はちらりと星川の様子を盗み見る。

 すると、向こうもこちらの様子を窺っていたらしく、視線が交わってしまった。

 星川は少々驚いた様子で目を開きつつも、後方の古瀬たちを確認してから、にこりと微笑んで、胸元辺りで小さく手招きをしてくる。

 俺が顔を近づけると、星川は耳元へ顔を近づけてきて――


「なんだか変な感じだね」


 と言ってくた。


「だな……なんというか、本当に俺達隣同士で座っちゃってていいの? って感じ」

「分かる……いつもは漫画喫茶のカップルシートでこっそりしてるのに」


 お互い何がおかしいのか分からないけど、くすりと笑い合ってしまう。

 今まで星川とは、二人きりになれる場所でしか会ってこなかった。

 こうして知り合いがいる中で、合法的に隣同士座っているという事実が、なんだか知らないけど変な感じでむず痒い。


 きっと、星川も同じ気持ちなのだろう。

 先ほどからちらちらと辺りを気にしていて、落ち着きかない。


「ねぇ夏奈! 飴舐める?」


 その時、背もたれの上から、須田さんがひょっこりと顔を出してきた。

 俺と星川は、ビクっと身体を震わせてしまう。


「ん、どうかしたの?」

「いや、何でもないよ! 飴欲しい、頂戴!」


 星川は慌てて取り繕って、飴玉を須田さんから貰う。


「初木もいる?」

「おう、じゃあ貰ってもいいか?」


 俺が手を差し出すと、須田さんは掌にキャンディーを一つ渡してくれる。

 飴を渡し終えて、須田さんはすっと席へと戻っていく。

 俺たちは受け取った飴玉を掌に持ちながら、お互いにほっと胸を撫で下ろした。


「なんか……悪いことしてるみたいだな、俺達」

「だね。別にやましいことしてるわけじゃないのに、声掛けられたらビクってなっちゃった」

「俺も。やっぱ、こういう場慣れしてない所はハードルが高いな」

「それは、初木が普段から遊びに付き合わないからだよ」

「確かに、それは言えてるかも」


 そしてまた、俺と星川は何がおかしいのか、くすくすと肩を揺らして笑い合ってしまう。

 お互いに普段とは違う緊張感や高揚感が相まって、変なテンションになってしまっているのだ。


「そう言えば、星川は飴玉何味だった?」

「ぶどう味」

「俺リンゴ味貰ったんだけど、どっちがいいとかある?」

「うーん……それじゃあ、リンゴ味がいいかな」

「ほい、じゃあ交換で」


 俺と星川は、お互い手にしていた飴玉を交換する。

 星川から飴玉を受け取ると、手の熱でほんのりと温かみを帯びていた。

 俺はそのまま、飴玉の袋を外して、ポイっと口の中へと放り込む。

 口の中で転がしていると、じわじわと飴玉が解け始めて、甘いぶどうの香りが口内に充満する。


 星川も、パクっと飴玉を口の中に入れて、コロコロと口の中で転がしていた。

 時折、飴玉を頬の方へと移動させて、ドングリを溜めたリスのように、飴玉の形がくっきりと浮かび上がっている。

 そんな様子を観察してたら、星川が顔を赤く染め、恥ずかしそうにこちらを見上げてきた。


「あの……そんなにジロジロ見られると恥ずかしいんだけど」

「わ、悪い!」


 俺は咄嗟に視線を逸らす。

 ……つい見入ってしまった。

 女の子が飴玉を舐めていただけだというのに、どうしてずっと観察してても飽きることがないのだろうか。

 そんな、答えのない問いを無心に考えていると、トントンと軽く肩を叩かれた。

 俺が振り向くと、頬にぷすっと星川の人差し指が突き刺さる。


「あはっ、引っ掛かったぁー」


 まるで、悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑顔を浮かべる星川。

 恥ずかしさのあまり、俺はぷいっと視線を前に逸らしてしまう。


「あれっ? もしかして子供だましに引っ掛かって拗ねちゃった?」

「いや、そうじゃなくて……」


 お前の笑顔が可愛すぎるんだよとは、口が裂けても言えない。


「ねぇ、初木」


 すると、星川は改まった口調で俺の名前を呼んだ。


「なんだ?」


 星川は居住まいを正して、膝の上に手を置きながら、顔だけをこちらに向けてきた。


「今日は来てくれてありがとね。初木のおかげで、私も気兼ねなく富士ランドを楽しむことが出来そうだよ」

「まっ、まだ始まったばかりだから、油断は出来ないけどな」


 そう言って、俺は斜め後ろに座る成川の方を覗き見る。

 成川は、樋口と何やら楽しそうに雑談に興じている様子。

 流石に、俺が星川と隣に座ったぐらいじゃ、嫉妬を抱くほど心の狭い奴ではないらしく、こちらのことなどまったく気にする素振りはない。


 というか、むしろ俺だからこそ、色恋沙汰に発展することのない無害だと思われているのかもな。

 それはそれで、信頼されているのだろうけど、なんだか自分で考えていて虚しくなってきた。


「ねぇねぇ!」


 とそこで、俺は服の袖を引かれて、強制的に視線を星川の方へと戻される。

 それほど力が強かったわけではないけれど、思ったよりも星川と近い位置に顔が寄ってしまった。

 お互いに吐息がかかってしまいそうなほどの距離感に、俺と星川は思わず固まってしまう。


「わ、悪い……」

「ううん、私の方こそごめん」


 ほぼ同時に、身体を元の位置に戻して、謝罪の言葉を口にする。

 俺の胸の鼓動は、さっきからドクン、ドクンと高鳴りっぱなしだ。


「そのね……護衛の件もそうなんだけど」


 そう前置きして、星川が再度こちらを見据えて、ふっと口元を緩めた。


「こうして初木と一緒に富士ランドで遊べることが、楽しいって事だよ」


 頬を軽く染め、上目遣いで言い放った星川の言葉を聞いて、俺の胸はキュンっと締め付けられた。


「お、おう……そうか」


 俺は語彙力のないつまらない返しで答えることしか出来ない。


 勘違いするな俺!

 これは星川の優しさであり、社交辞令に過ぎない!

 女の子の優しさに、何度勘違いして騙されてきたと思ってるんだ。

 友達としてという意味であって、断じて俺に好意があるとか、そんなことは絶対にない!


 俺はズボンの裾をギギギっと掴み、浮かれてしまいそうになる気持ちを必死に抑え込むことに精一杯になってしまう。

 それから、星川から時折視線を感じたような気がするものの、彼女の方を見ることは出来なかった。

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