第二章
第42話 おかしな日常
休み明けの月曜日の朝。
俺、
クラスメイト達が仲の良い友達の元へと集まり、休日にあった出来事などを話しながら、他愛のない雑談に華を咲かせている。
俺も普段と変わることなく、頬杖を突きながらそんなクラスメイト達の様子を一人教室の後ろから眺めていた。
「おはよー初木!」
とそこで、後ろから明るい挨拶を掛けられる。
振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべる美少女がいた。
彼女の名前は
ひょんなことから、俺は先日、星川と付き合うことになってしまったのだ。
「おう、おはよう星川」
俺が挨拶を返すと、星川は自席である右隣の席へと荷物を置いて腰掛ける。
座る際、ふわりと髪の毛が靡いて、ほのかに星川のシャンプーの香りが俺の鼻孔をくすぐってきた。
そんな様子をジィーっと観察していると、不意に星川がキョトンと首を傾げてくる。
可愛い。
俺、星川の彼氏なんだよなぁ……。
まるで実感がわかない。
というか、あれは成川の告白を断るために、俺が星川に告白して振られることで、予防線を張ろうとしたら、何故か星川にOKをもらえてしまっという予想外の展開が起こってしまった偶然の産物。
OKされるなど、予想だにしてなかったのである。
確かに、俺ち星川は趣味友として放課後の時間を一緒に過ごしてきた。
けれどまさか、異性として好意を持たれているとは、夢にも思っていなかった。
今でも信じられないし、疑っているレベル。
加えて、星川は学年で一、二を争う美少女。
俺と付き合っているなどという噂が出回れば、星川のブランド価値が下がってしまうのは必須。
なので、なんとしてもここは、俺が星川と付き合っている件は、出来るだけ秘密化にしなければならない。
そんなことを一人心の中で決意していると、星川が辺りを見渡してから、ちょいちょいと手招きしてきた。
俺が顔を近づけると、星川が耳元で囁いてくる。
「私たちのことは、一応まだ他の人には内密で」
「おう、分かった」
どうやら、星川も自身の学校での立場は弁えているらしい。
であれば、変なスキンシップを取ってくることもないだろう。
俺が安堵の息を吐いたのも束の間、後ろの扉から、一人の女子生徒が教室へと入ってくる。
「おはよー景加」
「おはよう夏奈」
星川と笑顔であいさつを交わし合う、褐色色の肌が特徴的な女子生徒の名前は
テニス部に所属するスポーツ少女であり、こちらもまた星川と同様、学年で一、二を争う美少女である。
俺と古瀬もまた、昼休みに人気のない図書室で、他愛ない日々を送っていた。
そして古瀬が起こしたとある事件をきっかけに、二人で特別な関係性を築いていくことを誓い合ったのだ。
俺が二人の様子をドキドキしながら眺めていると、古瀬が視線に気づいてこちらを見据えてきた。
「おはよう初木」
「おう、おはよう古瀬」
挨拶を交わし終えると、古瀬は俺の左隣の席に荷物を置いて、滑らかな所作で椅子を引いて席に着いた。
古瀬もまた、ふわりと長い髪が靡いて、ほのかに女の子らしい香りが俺の鼻孔をくすぐってくる。
な、なんだこの空間は……。
気まず過ぎるぞ……。
他のクラスメイト達は通常運転にも関わらず、俺の周りだけは異様な雰囲気に包まれている。
いつもなら、星川と古瀬は仲良くおしゃべりに興じているのに、今日に限ってどこかお互い何やら考え事をしているようで、無言を貫いているのだ。
そんな美少女二人に挟まれて、俺は委縮して身体を縮こまらせることしか出来ない。
加えて、俺は一つ大きな問題を抱えていた。
それは、星川と付き合い始めたのを、古瀬にどう説明すればいいのかということ。
俺の勝手な勘違いであればいいのだが、特別な関係性を築き上げていくといった手前、星川と付き合い始めたということを言わなければならない。
けれど、星川に告白した際、俺の心の中に古瀬がちらついたのは、紛れもない事実。
結果として、少なくとも俺が、古瀬に対して何かしらの異性としての感情を持っているということの証明になってしまったのだ。
しかし、言わないは言わないで、特別な関係を結ぶといった以上、それは古瀬に対する裏切りと捉えかねない。
そして、特別な関係性を結ぶ際、古瀬に言われた言葉が脳裏によみがえるのだ。
『初木の事、異性として魅力的だと思ってる』と言われたことを……。
つまり、古瀬も俺に対して何かしらの感情を持っている可能性もゼロではないわけで、もしここで星川との関係を伝えてしまったら、彼女の中で何かしらの変化がある可能性が高いのだ。
はぁ……なぜ俺は、こんな面倒な状況に陥っているのだろうか?
去年まで、モテるなどとは無縁の存在だったというのに。
陽キャグループから離れた際の俺が、今の境遇に立たされることになるとは誰が想像しただろうか。
俺が肩身狭く縮こまっていると、窓側の方から、じとりとした視線を向けられていることに気づいた。
ちらっと様子を窺えば、窓際の席に座る野球部の
無理もない。
なぜなら俺は、成川から星川へ告白するための状況を作り上げて欲しいと言われ、それを踏みにじった挙句、星川を奪い取ってしまったのだから。
成川の立場からすれば、NTRされたと言っても過言ではない。
その隣に佇み、苦笑じみた表情を浮かべ、申し訳なさそうな視線を送ってくるのは、サッカー部のエースである
彼は、成川の告白を阻止しようとしていた。
しかし、みんなの輪を乱したくない樋口にとって、成川の告白を阻止する術を持ってはいなかった。
最終的に、どこのグループにも所属していない俺に頼み込むことで、ほとぼりを収めようという経緯があったのである。
結果として、樋口の望む形でグループの輪は乱れずに済んだものの、俺が星川と付き合ってしまうという、少し歪な形を作り上げてしまった。
まあ俺からすれば、仲良しこよしやっている上辺だけの関係性が正しいとは思えないけれど、それを樋口は本物であると信じているからこそ、彼ら彼女らのこれからを見守っていたいという気持ちもある。
青春という名ばかりの脆い関係性ではなく、五年、十年後も続いていく関係性になれるかもしれないと、どこかで淡い希望を抱いている自分もいたのだろう。
これが正しい判断だったかどうかは分からない、けれど一つ言えることは……。
マジで、人間関係面倒くせぇ。
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