第43話 俺の心残り

 昼休み、俺が一人昼食を取り終えて図書室へ向かう。

 すると、いつもの席の前で、古瀬が仁王立ちして待ち構えていた。


「ひぃ⁉」


 剣幕強めの古瀬を見て、俺は思わず軽い悲鳴を上げてしまう。


「昨日の件、一体何があったのか、詳しく説明してもらえるかしら?」


 やばい、古瀬の目のハイライトが完全に消えている。

 本当のことを言うまで逃がさないというように、古瀬はライオンが獲物を捕らえたような目でロックオン。

 俺に逃げ場はもうどこにもない。


「分かったよ……てか、元々古瀬には、ちゃんと俺の口から説明しようと思ってたんだ」

「ちゃんとした理由じゃなかったら許さないからね?」


 あっ、ヤバいこれ。

 完全にご立腹だ。


「分かってるよ」


 俺は観念して、古瀬の隣の席に腰掛ける。

 古瀬も組んでいた腕を解き、隣の席へと腰掛けた。


 そして、俺は昨日、富士ランドであった出来事を古瀬に説明していく。


 富士ランドに誘われた際、星川に成川からの告白を阻止して欲しいと頼まれたこと。

 成川が、富士ランドの花火の時に告白するので、二人きりにして欲しいとお願いされたこと。

 樋口から、星川と成川の関係性を崩さないで欲しいと言われたこと。


 三人の頼みを加味した結果、クラスの秩序を守るため、俺が星川に告白をすることで、『しばらく、私に彼氏を作るつもりはない』という言葉を、星川の口から出させることで、成川に牽制を掛けさせるつもりであったことを話していく。


「それでまあ、いざ星川に告白したんだけど……」

「まさかのOKを貰っちゃったと」

「まあ、そんな感じです」


 俺の計画は完璧に遂行されるはずだった。


 なのに……どうしてこうなった?

 なんで星川からOKを貰えちゃったの⁉

 古瀬に説明していても、未だに理解が出来ない。


「はぁ……呆れた」


 すると、俺の話を聞き終えた古瀬が、盛大にため息を吐く。


「初木、もう少し自分に自信持った方がいいよ。夏奈がOKすることぐらい、考慮に入れとかないと」

「いやいやいや、考慮できるわけないだろ。そもそも、今まで彼女なんて出来たことないんだぞ?」


 累計告白、十戦全敗記録保持者の俺が、どうやって自信を持てと?

 そもそも、振られる前提での告白だったんだぞ?


「まあとりあえず、事情は分かった。初木は私たちのグループの関係を崩さないために、自分だけ泥を塗ろうとしてくれたわけでしょ?」

「泥を塗るって言うか、それが一番最適解だと思っただけだ」

「……そういうときこそ、私に相談して欲しかったな」


 視線を古瀬に向けると、少し悲しい顔を浮かべていた。

 そして、古瀬も自身が口を滑らしたことに気づいたのか、はっと我に返り、頬を赤く

 染めて顔を逸らした。


「そ、それで? 夏奈とはどうするつもりなわけ?」


 話題を戻すようにして、古瀬が尋ねてくる。


「まあ、誤解を解いて別れてもらうしかないだろ」


 俺がそう言うと、古瀬はジトーっとした目を向けてきた。


「なっ……なんだよ?」

「初木は、本当にそれでいいの?」

「どういうことだよ?」

「そのままの意味。だって本意ではなくても、夏奈みたいな女の子と付き合えるなんて、そうそうないわよ?」

「そりゃ、そうだけど……」


 確かに古瀬の言う通り、男子からは絶対的な人気を誇り、学年の誰しもが一度は彼女にしてみたいランキングトップに入るであろう清楚感あふれる美少女の星川と付き合えるなんて機会、二度とないだろう。

 誰にでも人当たりが良く、笑顔を絶やさない。

 そんな健気な彼女に、今宵の男子達は心を惹かれていくのだ。

 告白をOKしたということは、星川的に、俺のことは少なからず男として認められていたということ。

 となると、今まで俺に向けてきてくれていた笑顔が、好意によるものだったのだということが分かってきて、段々と申し訳ない気持ちになってくる。


 ……あれ? 

 さっきまでの威勢はどこ行っちゃったの俺⁉


 星川とこのまま付き合えば、それはそれは幸せな高校生活が送れるのだろう。

 けれど、俺には少なからず、心残りがある。

 こんな美少女から好かれていて自分の気持ちを優先しようとするとか、おこがましいうえこの上ない。

 でも、俺が今抱えている気持ちを、目の前にいる彼女へ伝えなければならないと思った。


「古瀬との約束があるのに、他の奴と付き合えるわけないだろ」

「なっ……」


 俺が言いきると、古瀬は呆気にとられる。

 見る見るうちに顔を真っ赤に染めていき、茹でだこのようになってしまう。


「ば、バカじゃないの⁉ 私たちの関係は、別に恋愛的なものじゃなくて……確かに、特別な関係になりたいとは言ったけど……あぁもう!」


 古瀬は自分の感情の整理がついていないらしく、頭を抱えてうめき声を上げてしまう。


「……バカ」


 そして、軽く涙目になりながら、そう言い放つと、くるりと踵を返して、図書室を後にしてしまう。


「あっ、おい!」


 俺の制止の声は届くことなく、古瀬はダッシュで逃げるように立ち去って行ってしまった。

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恋を諦めた俺。陽キャな二人のアイドルに話し掛けたら、なぜか懐かれたんだが? さばりん @c_sabarin

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