第7話 僕らを家まで連れてって?

 僕が冗談のつもりで言ったら、本気に受け取られて、運転手の男性がカーナビゲーションを触り始めたのには焦った。

「いや、いいです、冗談です」

 と、両手を振って取り消すのに精一杯。それまで無表情だった運転手さん、驚いた風に口を丸くしてすぼめ、「さようでございましたか」と操作を中止した。

「旗が立っていた地点が高梨さん宅ですか。ほぼ真北ですね」

 これは宝来。カーナビ画面を抜け目なく見ていたらしい。

「ええ。いつか頃合いを見てご招待しますので、皆さんいらしてね」

「ぜひ」

 返事は当然、四人全員でした。

「自動車通学をするような生徒の家って、どんなのかなと気になる」

 宝来が余計なことを言い足した。尤も、その時点で車の窓は閉じられ、エンジンも掛かっていたから、中には聞こえなかったと思うけれども。

「さて、庶民は歩いて帰るとするか」

 家のある方角としては四人一緒に五百メートルぐらいかな、途中まで行き、そこからは僕と室井さん、宝来と河野さんの二人ずつに分かれることが多いんだけど、今日はちょっと違った。河野さんの買い物に付き合うということで室井さんが、宝来は僕に話があるということで、それぞれ入れ替わった。

「何、話って」

「色々あるんだが……高梨さんとぶつかったとき、トーストをくわえていたんだっけ」

 唐突な話題の振り方に、僕は結構戸惑った。すぐには思い出せなかったほどだ。

「トーストくわえていたのは、僕だけだ……と思う。一枚しか落ちていなかった気がするからな。だいたい、何で高梨さんがトーストをくわえて通学していたと思った?」

「おまえの話し方が悪いんだと思う」

 言うに事欠いて、この探偵気取りめ。

「次、先程の運転手の行動が、ちょっと気になった。阿賀は違和感を覚えなかったか」

「うん? いや何も。ていうか、運転手の行動って、せいぜいカーナビをいじったくらいで、あとは普通に運転してきて、帰って行ったようにしか見えないんだが」

「だから君はワトソン止まりなんだ」

 いえ、別にそれでも何らかまわないです、はい。

「四人の中学生がいて、その内の一人が乗せてもらえないかなと言い出したら、普通、全員を乗せることを想定するんじゃないか?」

「……普通かどうかは分からないけど、少なくとも、人数の確認はするかな。それが?」

「高梨家の送迎車、あれは五名が定員だと見た。俺達四人全員を乗せる余地はない。いや、詰め込めば乗れるだろうが、常識的に言ってそんなことはしないだろう」

「まあ、そうだよな」

「運転手はだから、おまえが乗せてもらえないかなって発言をしたとき、すぐに人数を気にすべきなんだよ。それをしなかったということは――おっと」

 この田舎町にあまりない信号に引っ掛かった。行き交う車はほとんどないのだが、ルールは守るとしよう。

「1.別の車を手配するつもりだった。金持ちの感覚は分からないから、ないとは言い切れないかもしれない。が、あり得ないことにしておこう。別の車を呼ぶ気なら、ナビを触りはしまい。

2.お嬢様を先に送り届けてから、引き返してくる気だった。これも常識的ではない。却下。

3.運転手は普段、定員六名以上の車を扱っている。だから四人を新たに乗せることに何の躊躇も持たなかった。これが一番しっくり来る」

「確かに。で、そこからどんな結論を導き出したと?」

 信号が青になった。歩き出しながら、話は続く。

「九月一日の朝、高梨さんが徒歩通学をしたのは、初日で歩いてみたかったからではない、ということだ」

「……何それ」

「考えてもみろ。初日だから歩いてみたいって理由で徒歩にしたのなら、家を早めに出るだろ? なのに遅刻しそうになるなんて。おまえとぶつからなかったとしても、大した差は生じないはずだ」

「あ、やっと分かってきたよ。本当は初日から車で登校するつもりだったが、朝になって送迎用の車が故障か何かで動かなかった。運転手は直そうと奮闘したが直らない。他の車があったかもしれないけど、急なことだったのですでに出払っていた。やむを得ず、高梨さんは歩いて行くことにした。と、こういうことか」

「正解。その元々の車は、定員が六名以上なんだろう。今日は別の車で来たのを忘れて、普段の癖で、つい応対してしまった訳さ」

「なかなか面白いけど。それがわざわざルートを変更し、遠回りしてまで僕にする話か?」

「それは阿賀が高梨さんに惚れてるみたいだからだよ」

「な、何の関係が!」

「落ち着け。急に顔が赤くなってるぞ。歩きで登校した事情を全然話そうとしないのは、外面を気にするタイプだと見た。もし仮に彼女とうまく行って付き合い始めたとしても、将来が心配で心配で」

「余計なお世話だよっ」

 いつの間にか取り出した白いハンチを目頭に当て、泣く真似までする宝来を、僕は後ろからどついた。

 もちろん、探偵である宝来は、そんなことぐらいでは倒れない。結構まじで鍛えている。

「その調子で、合田の件も解決してやる気はないのかよ」

「別に親しい訳でもないしな。これを言うと逃げになるんだが、材料が足りない。見えている材料だけで動くべきかどうかの判断ができない」

「でも今朝は、かなり深刻に捉えていたんじゃ……」

「あれは可能性の問題。人がいつもと違う行動を取るとき、何かが起きてる。その何かが犯罪かどうか分かればいいんだが」

「真剣に受け止めすぎじゃないか。さっきの運転手の話みたいに、クイズかパズルのつもりでやってみれば」

「……話の持って行き方が、なかなかうまいな。さすがワトソン止まり」

 それはもういいから、早く考えろ。そろそろ引き返さないと、家から遠ざかるばかりだろうに。

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