第5話 アリバイトリック検討

「何を言ってるんですか、今さら。そりゃまあ驚きましたけど。恥ずかしがるぐらいなら、やらないでくださいよ。記述者として全部書きますよ」

 ワトソン役扱いを逆用して言ってみた。我ながらうまい切り返しを見付けたぞと悦に入っていた。が。

「記述者なら、書いていいことと悪いことくらい自動的に判別しなさい。たとえばだけど、私のことを描写するに当たって、外見に関する具体的な記述はだめって、分かっているでしょうね?」

「ええ? な、何でですか」

 やばい。すでに最初の方でちょっと書いちゃったよ。

「分かっていないの?」

 今度は呆れたと言わんばかりの非難を込めた視線が来た。精神的に痛い。

「だって、その、常識外れに顔が不自由だとか、通常の部屋を出入りできないぐらい巨漢だとかなら、隠したい気持ちも分かりますが、横川先輩は端的に言って美人……」

「今の発言の序盤から中盤にかけては、現在なら揚げ足を取られる危険性があるから、なるべく止めた方がいいわよ」

 冷静に指摘された。って、自分が美人だと言われるのはかまわないのね。

「真歩。説明をしてやって」

「分かった。――別に小難しい理屈があるんじゃないのよ。横川璃空は本気で名探偵になることを目指しているから。今だけでなく、将来に渡ってね」

「はあ」

「璃空についてその容貌外見を詳しく描写したら、犯罪者に特定されるかもしれないでしょう? そんな危険を低く抑えるために、描写は曖昧にしなければならないという考えなのよね」

「ああ、なるほど」

 納得したけれども、すぐに疑問が浮かんだ。

「だったら、事件簿を公表しなければいいのでは。記録も付けるとかえって危ないかもしれない」

「それは違うわ」

 再び、横川部長が口を開く。僕の方をびしっと指差していた。

「私が思い描く名探偵にはいくつかの条件があります。その内の一つ、世の多くの人々に存在を知られていること。だってそうでしょう。名探偵というからには、有名でなければいけません」

 名探偵の名は有名の名でもある、のかな?

「名探偵たる他の条件に関しては、追々話す機会があるでしょう。現時点で優先するのは、アリバイトリックの解明よ。茶谷刑事を一時間以上待たせる訳にいきませんから」

 高らかに宣言すると、部長は僕にメモを取っておかしな点がないかを検討するようにと言ってきた。検討するのなら、ホワイトボードか何かに大きく書く方が適している気もしたけど、このときは初めてだったこともあってスルー。様子見に徹する。

「話を聞いて私の脳裏に真っ先に浮かんだのは、トランクが二つある構図ね。言い換えると、車が二台あれば警察の考えたアリバイトリックの穴が埋められる」

「当然、二台の車が外見がそっくりなのね」

 副部長のフォローに、横川部長はオーバーなジェスチャーで指差しをして、うなずいた。

「無論です。ナンバーも細工して同じにしておくのがいいでしょう」

「あの」

 僕も検討に加わらねばという思いから、挙手した。

「はい、ワトソン君」

 指名された――いや名前は呼ばれてないけど――僕は立ち上がって発言を続ける。

「所有している車と同じ物をもう一台用意するのって、どうやったんでしょうか。自分で買うにしても他人から借りるにしても、それなりに目立つ行為だという気がするのですが」

「警察が調べていないはずがないと?」

「はずがないとまでは言いませんが……」

「警察の捜査なんて、そのことに着眼しない限り、調べないものよ。これまでの経験から分かっています。そりゃあね、事件の前日とかに車を借りていたら、関係者を当たる内に露見する恐れが高いでしょうけれど、ずっと前に同じ車を家族の名義で購入していた、なんて場合は気付かれないものだわ」

「分かりました」

 経験から述べているのなら、納得するしかない。僕は座り直し、ペンを再び構えた。

「元から所有している車をA、二台目の車をBとしましょうか。それともう一つ、一晩駐車しっ放しでもとがめられない駐車場が必要になるわ。犯人はそういう施設Cを含んだドライブスケジュールを組んだと考えられます。

 犯人は事件を起こす前日に、施設Cへ車Bで向かい、車を置いてきた。その施設からはタクシーなりバスなりを使い、帰宅。

 次いで犯人は深夜になるのを待って、妻の自由を奪い、意識を失わせて車Aのトランクに運び入れる。長時間の拘束になるので、相当強力な麻酔か何かが必要になるでしょうけどね。そのまま再びCに向かい、Bの駐車スペースの隣にでも停める。今度はBに乗って帰宅。

 翌朝、知人らを出迎え、Bの後部トランクが空であることをさりげなく示してから、ドライブに出発。途中、Cに立ち寄り、施設建物の手前で知人らを先に降ろし、犯人自身は単独でBをAの近くに停める。このとき、人目に付かない場所でなければいけないし、AとBがあまりに離れた位置だと、被害者を移せないので、施設Cはさほど流行っていないことが条件になるかな。

 そうして犯人は妻を殺害。遺体をAのトランクに移し替える。このとき注意すべきは、知人らの荷物が遺体となるべく接触しないようにすること。Cでの滞在を終えた一行は、今度は車Aに乗って、ドライブを続ける。

 ドライブ終了後、みんなを降ろしてから犯人は河原へ行き、妻の死体を遺棄。急いで帰宅し、子供を出迎えたのかしら。BはCの駐車場にあるので、翌日取りに行く。これでアリバイトリックの完成。どう?」

「……概ね、行けそうですが、よく飲み込めない箇所があります」

 僕は自分の採ったメモ書きを見返しながら、再度、挙手した。

「事件前日に一旦、犯人が車Bで施設まで行く必要性が分かりません。最初っから、車Aに妻を乗せて施設Cに向かえばいいんじゃないですか」

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