第6話 アリバイの次は密室

「ああ、その部分は、犯人が自宅に車一台分しか置けるスペースがないと仮定して話したのです。AとB両方を置いておけるのであれば、君が今言ったように少し楽ができるわ」

「なるほど。それなら理解できます。あとは机上の計算では成り立つと思います。実際のドライブの旅程や、ドライブに参加した人達の行動を詳しく聞いてみないと、正解かどうかは分かりませんが」

 僕が内心、恐る恐るそんな評価を出すと、横川部長は唇の両端を上向きにしてにんまりと微笑んだ。

「その厳密であろうとする態度、いいわ~。私にとって理想的なワトソンです。気に入りました」

「はあ、まぁ、どうも。光栄です」

 気に入られないよりは気に入られる方がいいだろう。

「さて、真歩も異論はない?」

「ないよ。強いて言うとしたら、明け方近くからの数時間とはいえ、被害者を車のトランクに閉じ込めた状態で、犯人がそこから離れる点かな。物理的には可能だとしても、心理的に実行に移す勇気が持てるかどうか。私なら無理。万が一にも、駐車場の警備が厳しくなっていて、夜中に停めたまんまの車を怪しまれ、警察に通報されたりトランクを調べられたりすればたちまちアウトになってしまう。そんな悪い想像が先に立つのよね。私の性格的に」

「その心理状態は認めるわ。あなたに限ったことじゃない。ただ、そんなことを言い出したら、殺人を犯す勇気も持てるのがおかしい、となる。余計な勇気を持ててしまったからこそ、犯罪を行ってしまったと考えるべきよ」

 蓋然性を重視しつつ、理路整然と述べる部長。事件のあらましを聞いただけでトリックをすぐに思い付くことも併せて、名探偵になる資質は充分にある人だと感じた。

「言われてみれば確かにね。うん、分かった。これなら茶谷刑事に伝えるのに恥ずかしくない仮説だと言える」

 副部長も認めたこのアリバイトリックに関する仮説が、茶谷刑事に伝えられることになった。

「二台目の車の中をじっくり調べれば、知人達が乗った証拠が出てくる可能性が高い。そこを突破口にすることで、容疑者を落とせると思います」

 という意見も添えて。


 とまあこんな風にして、僕は横川璃空という人がトリックに対してツンデレな、癖の強い探偵であることを理解していった。

 春先の出会いからふた月ほど経った頃、茶谷刑事が再び部室に姿を見せた。彼は挨拶代わりとばかりに、「前に聞いた車二台を使ったアリバイトリックというか死体移動トリックというか、俺にとっちゃあ何でもいいんだが、当たりだった。喜べ」と切り出した。

 横川部長は「すんだことにはあまり興味がありません」とすまし顔で答えた。

「ただ、私達の推理が真相を射貫いていたという結果を知り、嬉しく思います」

 お偉いさんのありがたいお言葉みたいになってないか。でも、刑事もにやにや笑いながら拝聴する姿勢でいるので、まあいいのだろう。

「それよりも茶谷刑事、新しい事件はないのですか」

「あることはあるんだが」

 途端に眉根を寄せて渋い表情をする茶谷刑事。続けて口を開こうとせず、明らかに言い淀んでいる。

「どうかされましたか」

「あ、いや。うむ――どうせ言わなければいけないのだからぶっちゃけるとするか。身内の不祥事みたいなもんで、なるべくでかでかと報道しないよう、マスコミに圧力を掛けていた案件でもある」

「その点について、私達はとやかく言いません。言ってみれば、見出田学園推理研も、警察から極秘情報を流してもらっているようなもの。後ろめたさがないとは言えない」

 分かりにくいけど、警察とそう立場は変わらないというアピールかな? 警察内部の不祥事だとしても、遠慮なく話してちょうだいというニュアンスだ。

「そんじゃまあ、遠慮なく話す。例によって具体的な名前や年代は言わないが、警察学校で同期だった者が集まって、同窓会めいたことを催したんだ。それも一泊二日で、離れ小島を旅行するという」

「まあ。まさか、『ドキッ!刑事ばかりの孤島殺人』ですか?」

 部長が本気なんか冗談なのか判断しかねる調子で言う。茶谷刑事は苦虫を噛み潰したような顔になり、「そのまさかだ」とだけ答えた。

 それにしても……これは前代未聞かもしれないと感じた。刑事ばかりのグループが孤島に泊まったところ殺人が起きた、となると、関係者は全員警察官になるんだろうか。

「しかも遺体は密室の中で横たわっているところを発見された」

 刑事がそう言うと、横川部長の口元がぴくっと動いたように見えた。部室に誰もいなかったら、舌なめずりでも始めかねない雰囲気である。

 だけど、現時点では人目がある。少なくとも、茶谷刑事はうちの部長のトリックツンデレ体質を知らない。

「また密室ですか」

 非難がましい響きの口調で始めちゃったよ。片手で髪を梳き流す仕種をしてから、すう、と深呼吸。そこから一気に吐き出した。

「まーったく、密室密室密室と、なんとかの一つ覚えみたいに。芸がありませんこと、甚だしい」

「いやいや、部長サン。現実に密室事件なんて、滅多に起こらんだろうよ」

 茶谷刑事がつっこむが、横川部長は聞く耳を持たない。否、聞いた上でへんてこな理屈をこねたのだ。

「名探偵を目指している私は、ミステリの世界の住人なのです。ミステリの世界では、密室殺人は日常茶飯事、掃いて捨てるほどあります」

 無茶苦茶言ってるな~と思いつつも、有名な推理作家が同じようなメタフィクション的台詞を作中人物に言わせている作品を読んだ覚えがある。西村京太郎の名探偵シリーズの一作とか。それだけに非難しづらい。

「しかもその多くが既存のトリックの再利用。実用新案的な工夫が施されていればまだまし。改善ならぬ改悪されていることすらあります。そもそも、犯行現場から一刻も早く立ち去りたいのが犯人の心理でしょうに、ドアの前でごちゃごちゃと細かい作業をするなんて余裕、本当に持てるのでしょうか? 何人もが宿泊している洋館やホテルで人を殺し、密室をこしらえる作業をしている最中に、もしも誰かが廊下を通り掛かって目撃されたら、犯人はどう言い訳をするのかしら。常々、聞いてみたいと思っているのだけれども、チャンスがありません」

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