第7話 ついでに孤島

「機会があったら聞いといてやるよ」

 茶谷刑事は話を合わせてくれた。結構いい人だ。

「今回持って来た事件を解けば、犯人に聞くことができるかもしれないしな。演説はその辺にして、ぼちぼち、密室がどんな状況だったのかを説明させてもらえるか」

「どうぞ」

 基本的にトリック大好き人間の部長は、おとなしく聞く体勢に入る。

「いつものごとく、特定を避けるために人名や地名は曖昧にするが、多分、トリック解明には関係ないだろう。場所は瀬戸内海の小島。警察OBのKって人が元々富豪の生まれで、退職を機に保養施設を島に建てた」

 金持ちの刑事って、筒井康隆の書いた『富豪刑事』みたいだなぁ。ほんとにいるんだ。

「私的な施設だが、警察関係者なら事前に連絡を入れて予約すればいつでも使えるって話だ。送迎の船も出してもらえる。ただ、利用者はあんまりいない。Kの祖父だか曾祖父だかが、戦後間もない頃に相当悪いことして稼いだらしいと噂があるので、無闇に近寄らない方がいいという認識があるんだな。自分も利用したことはない」

「今度の事件の関係者は施設を利用したのだから、悪い噂を信じない、気にしないタイプか、もしくはK氏と元から親しい。違いますか?」

「当たらずとも遠からず、かな。参加者は五人だったんだが、いずれも窓際でね。今さら出世を望める立場じゃないし、定年が近い者もいて、辞める前に“あの施設にちょっくら行ってみるか”的な考えだったようだ」

「そんな軽い気持ちで島に渡って、殺人事件が起きていては世話ない」

 副部長の不知火先輩が、呆れたように評した。

「いえ、それは違うと思うわ、真歩。五人の中に、この機会を利用してと犯行を前もって計画した者がいたと考える方が自然なんじゃないかしら」

「だとしたら、密室も計画に入っていた? それなら決まりじゃないの。トリックそのものはともかくとして、犯人が誰かなんて」

 副部長の言葉は飛躍しすぎて理解できなかった。なので、即座にかつ率直に尋ねる。ワトソン役が自分のプライドやメンツにこだわっていては、話が進まない。

「ど、どういう意味なんでしょうか。犯人が誰だか、もう分かったみたいに聞こえるんですけど」

「名前は知らないわよ。密室殺人を計画していたのなら、事前に施設の構造を知っておく必要があるはず。ならば犯人は、事件の以前にも一度は施設を利用したことのある人物じゃないかっていう理屈」

「あ、そういう……分かりました」

 僕は納得して、今度は刑事の顔を見やった。

 茶谷刑事は顎をさすり、まずは黙って首肯した。それから拍手のポーズだけして、口を開く。

「感心した。名推理だなと言ってやりたいが、残念ながら五人中四人がリピーターだ。さっき言った退職間近の人を送り出す記念にという名目で催された泊まりがけの旅行でな。亡くなったのはその退職間近の、名前を仮に柴田しばたとしておこうか。残りの四人は一度は施設を利用したことのある連中。名前を安西あんざい馬場ばんば千葉ちば土井どいとする。あと、施設にはKの手配で管理人が半年交替で常駐しており、事件発生時は中年男性が受け持っていた。名をえのきとしよう。島にいたのはこの六人だ」

「あの、刑事さん。榎氏は警察関係者ですか」

 気になったので確認しておく。

「ああ。元刑事で、怪我が元で退職して十年ぐらいになるんじゃなかったかな」

「ありがとうございます。元刑事か……」

 元刑事も刑事の範疇に含めていいかな。

「さて、解いてもらえたらありがたいのはあくまで密室トリックだから、現場の状況をメインに話すぞ。殺しの状況や人間関係なんかは、必要最小限にとどめる。聞きたいことができたら、その都度聞いてくれていい。ただし、あんまり根掘り葉掘り聞かれると即答できない場合もある。上と相談して許可が必要なんでね」

「いつものことですから、承知しています」

 横川部長は優雅とも呼べそうな微笑みをたたえていた。胸の内では、「早く本題に入れって! 密室について私に聞かせて!」なんて考えているかもしれないけれども。

「現場は保養施設の一室。施設そのものは二階建てのプチホテルみたいなって言えばいいのか、鉄筋コンクリート製の頑丈なやつ。潮風にもまだあまりさらされていないせいか、俺が見る限り、立派な外観を保っていた。利用者が寝泊まりできる部屋は、一階に六つ、二階に十あって、それぞれ二人まで入れる。当然、今度の件では一人一部屋で使っていた。あ、ちなみに管理人は一階の管理人室だ。他の利用者は柴田が101号室に入ったのを除けば、皆二階の部屋を選んでいる。安西が202、馬場が204、千葉が206、土井が208」

「ちょっとよろしいですか。選んでいるという表現を使うからには、利用者の希望で使う部屋は決められたんですね?」

「そう捉えてくれていい。厳密には、柴田だけが一階の部屋に入ったのは、二階だと階段の上り下りが大変ですよと、他の連中に示唆された影響があるのかもしれない」

「そういうやり取りがあったと。分かりました」

 部長は脳内のメモに文字を刻むかのように、頭を何度か小さく振った。

「殺しがあったのは初日の夜。詳しい背景は省くが、管理人を含めた全員が、被害者となる柴田と何らかの関係があり、殺害の動機を有していたと考えてくれ」

 その説明に僕はまた確認をしたくなった。事件の本質とは無関係だが、ワトソン役としてどうしても気になる事柄だ。

「話の腰を折ってすみません、茶谷刑事」

「何だ」

「動機は柴田氏に責任が多少でもあるのか、それとも犯人側の一方的な逆恨み的なものなんでしょうか」

「ふん、枝葉末節にこだわるんだったな、今度のワトソンは。柴田は警察の中でも特段にきっちりした、些末な事柄でもだめなものはだめだというタイプなんだ。他の五人はいずれも、職務中・非番を問わず、軽微な違反を柴田に見咎められた経験があった。一例を挙げれば、交通違反だな。信号無視とか踏切手前で一時停止義務違反の類だ。ああ、法律に限らず、マナーにもうるさかった。駐車場で身障者用のスペースに車を停めていたのを知られて、何かあるごとに『君はあのときも……』ってな調子で嫌みを言われたのもいるらしい」

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