第4話 トリックにツンデレ

「もう一点、現実の事件ではどうだか知りませんけど、フィクションの世界ではアリバイトリックのみに頼るような犯罪者は、得てして根性がない」

「ほう、そうかい?」

「アリバイ工作が露見した途端に恐れ入りました、罪を認めますっていう犯人が多い。よっぽど自信のあるトリックだったのかしら。でも、たかだか時刻表をつなぎ合わせただけのアリバイトリック。どうしてそんなに自信を持てるのか、疑問です。人が作ったトリックが人に解けないはずがないと考えるのが普通でしょうが。特に時刻表を利用したトリックなんて、選択肢の限られた問題の組み合わせなんですよ? 自信を持つ犯人がどうかしているのです」

「分かった分かった。ご高説はそこら辺までにしてもらおう。こっちも永遠に暇がある訳じゃないんで、事件の説明をさせてくれ。ま、安心してくれていい。時刻表やら鉄道やらを使ったアリバイ工作じゃないことぐらい、警察にだって分かってる」

 そうして刑事が聞かせてくれたのは、妻殺しの容疑を掛けられた達彦が、犯行のあった時間帯は知人らとともにずっとマイカーでドライブ中だったとアリバイを主張したというもの。

 当然、捜査陣は車のトランクに着目。睡眠薬を飲ませるか何かして、道子の自由を奪った上でトランクに隠す。自家用車に堂々と知人らを同乗させ、観光スポットや道の駅など、何カ所か立ち寄る。そのどこかの駐車場で一人の時間を作ってトランク内の道子を素早く絞殺し、トランクに隠した状態でドライブを続ける。知人らと別れたあと、河原へ向かい、妻の死体を遺棄する――これによりアリバイを崩せたと考えた警察だったが、満彦は別の証言を持ち出してきた。証人は知人らで、満彦のマイカーで出発する前に、荷物を載せるためにトランクを空けたという。無論、道子が猿ぐつわを噛まされて押し込まれていたなんてことはなく、それ以外にも目立った荷物はなかった。

「――てな具合に、行き詰まってしまってな。捜査を指揮していたのが出世街道まっしぐらだった警部だったんだが、アリバイトリックを見破ったと自信満々だったものだから、間違えていたと分かったときはその分ショックもでかくて、そのまま迷路に入り込んだみたいに捜査が進展しなかったんだよ」

 茶谷刑事は自ら属する組織の失敗なのに、どことなく嬉しそうに語り終えた。部長はそんなことに頓着せず、「一つ、確認を」と言った。

「遺体の見付かった河原に通じる道路には、防犯カメラやNシステムは設置されていなかったのですか?」

「あいにくとなし。事件が起きたあと、ぽつぽつと防犯カメラが設置され始めたと聞いている」

「時すでに遅し、でしたのね。――茶谷刑事、先ほどは暇がないと言われましたが、具体的に時刻を定められているのですか?」

「いや、ぶっちゃけると、適当に時間を潰してかえっていいと言われているよ。極端な話、今すぐ帰ることもできる」

 にか、と声なしに笑う刑事。高校生相手のお役目でも、楽しむゆとりがあると見える。

「では、一時間は待ってもらいましょう」

「何らかの目星が付いたとでも言うのかい?」

「現時点では何も言いません。考える時間をください」

 部長のお願い口調は、何故か上から目線のものに、僕には聞こえた。

 茶谷刑事は心得ていたかのように、「よっしゃ。じゃ、例によって学食でくつろいどくから、きりのいいところで呼んでくれや」と腰を上げた。

 刑事が部室を去ると、代わりに静寂が訪れた。僕は部長らとともに事件についてのディスカッションが始まるものだと疑いもせず、待ち構えていた。だが、横川部長はずっと黙ったままでいる。副部長も同じく無言だが、ノートを開いて書き物の準備をした。

「あの……」

 僕は不知火先輩に声を掛けた。部長に比べれば、話し掛けやすい。

「どうしたんですか? 横川先輩、黙り込んでますけど……一人で事件を考えてるんでしょうか」

「うん、まあ、一人で考えているのは確かにそうなんだけど」

 不知火副部長のその答と重なるようにして、「うふふふふ」といういたずら好きな妖精が忍び笑いをしているような声が、地の底から響いた(みたいに僕の耳に届いた)。笑い声は徐々に大きくなる。発生源を辿ると、横川部長その人だと分かる。

「ぶ、部長?」

 困惑する僕の横合いで、不知火先輩は「璃空。戸締まりはきっちりしたわ。廊下を通り掛かる人もいないみたい」と落ち着いた口調で告げる。それを合図としたか、横川部長はいよいよ大きくなっていた笑い声をぴたりとやめると、一気にしゃべり出した。

「ああ、今回もこんなトリックを私の前に提示してくださって感謝します、トリックの神様」

 え?

 見れば、部長は両手を拝み合わせて組み、斜め上に目線をやっている。しゃべっていなければ、ちょっとした神々しさすら感じたかもしれないけど、しゃべりの内容がなかなか奇異だった。

「先ほどあしざまに言いました時刻表のアリバイトリックでも、私は別にかまいませんのに、こんな面白そうなトリックをありがとう! 小説だけでなく、実際の事件でこんなトリックに巡り会える、この幸せをかみしめる時間。それだけ事件の解決が遅れますが、お許しください」

 神妙に唱え、目をつむる部長。静かになった。どうやらこの“懺悔”?をもって、“儀式”は終わったようだ。横川部長はすっきりした表情で、目を開けた。

「で、璃空。解けてるの?」

 副部長が聞いた。いやいや、いくら何でもまだでしょ。事件の様相を刑事から聞いて、まだ五分と経っていないはず。

「ん、まあ、確証はもちろんないけれども、想像ならついたわ」

 部長が答えた。いやいやいやいや、いくら何でも早すぎでしょ。事件の様相を刑事から聞いて、まだ五分と三十秒も経っていないはず。

「あ、あの、お二人は本気で言っているのですか、今の会話」

「あら」

 いたの?って雰囲気の目線をくれる横川部長。

「本気で言っているわ。あ、そっか。ワトソン君は初めてだったのよね」

 ワトソンではありません。けど、ここでつっこみを入れるとまた面倒臭くも話が長くなりそうなので、自重しておく。

「いやだな、恥ずかしい。男の人に見られるのって久しぶりだから」

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