第3話 刑事が来た

「そのびっくり顔を直して、茶谷ちゃたに刑事をお迎えして」

 刑事が訪ねてくるといきなり聞かされて唖然としていた僕に、横川部長が命じてきた。言われるがまま、ノック音が止んだばかりのドアを開ける。

 若いおじさんが立ってた。

 長髪をやや立たせているため把握しづらいが、百九十近くありそう。、怒り肩で、胸板はあまり厚くない。白い肌の細面は、決して血色がいいとは言えない。目も細く、眼光鋭い。事前に何も聞かされてなかったら、えっとロックシンガーですか?と思ったかも。

 ノーネクタイに淡いブルーのジャケット姿の男は、いきなり僕に目を留めた。

「君は初顔だな。新入りかい」

「え、ええ」

「――部長さん、この男子は信頼できるのかな?」

「請け合います」

 恐らく刑事であろう人からの質問に、横川部長は簡単に答えた。いやいや、何でそう言い切れるの。信用してくれるのは嬉しいですが。

「茶谷義人よしとだ。昨年度から美出学園の推理研だっけ、ここのお守り役に就かされた。まあよろしく頼む。言っておくが、ここの部員であっても悪さをすれば、警察は普通に取り調べる。便宜を図ることは期待するなよ」

「そ、それは当然です」

 僕がきっぱり言い返すと、茶谷刑事は「おっ。言うじゃないの」と、小さく笑った。

「気に入った。名前は?」

 僕が自己紹介――名前と学年を言っただけ――すると、横川部長が勝手に「うちの記録係、ワトソン役です」と付け足した。現職の刑事相手にミステリ用語なんて言いたくなかったから、スルーしたのに……。

「挨拶はほどほどにして、今回の事件を早く教えてください」

 横川部長の声に呼応して、茶谷刑事は胸ポケットからメモ用紙みたいな物を取り出し、一瞥するとまた仕舞った。それからやおらしゃべり始める。

「いつもの通り、登場する関係者は全て仮名。概要だけを話す。ことは殺人だ」

 また驚かされた。警察の協力要請と言ったって形だけで、落とし物とか落書きとか、せいぜい行方不明者捜しが関の山と踏んでいたのに、そんな本格的な刑事事件が語られるとは予想だにせず。

「事件が起きたのは約一年前。去年のゴールデンウィークの頃だ。死んだのは主婦の金村道子かなむらみちこ、三十九歳。旦那の達彦たつひこおよび長男・まもるの三人家族だった。達彦は三十八歳だが、道子とは同学年てやつだ。守は小六、十一歳。死因は絞殺。凶器は見つかってないが、くっきり残っていた痕跡から結束バンドと思われる。遺体が発見されたのは自宅のある区域と同じ市内の河原。石がごろごろしているような場所で利用者はおらず、人通りも乏しい」

「お話の途中すみませんが」

 部長が言葉の通り割って入ったので、僕はまたまたびっくりしてしまった。現職の刑事が時間を割いて足を運んでくれて、通常は漏らす訳のない事件の話を特別にしてくれているというのに、話を遮るだなんて。僕は内心沸き起こったはらはらを抑えながら、刑事の顔をちらと窺った。

 豈図らんや、刑事は気にしていない様子で「何か?」と聞き返す。

「長くなるようでしたら、先にどのような種類のトリックが使われたのかだけでも、聞かせてもらえませんか」

 目を輝かせるようにして問うた部長。彼女の台詞に、僕は思わず「は? トリック?」とつぶやきがこぼれ出た。茶谷刑事だけが僕の方をじろっと見た。彼の目つきから怒っているのかと思いきや、口元でにやっと笑みの形を作った

「新入部員はスタイルがいまいち飲み込めてないみたいだが、このまま続けていいんだな?」

「かまわずにどうぞ。彼にはあとで伝えておくので」

「じゃあ、続けると……今回の件で我々が難儀しているのは、アリバイだ」

「アリバイですか」

 最前までの期待に満ちあふれたような居住まいから一転、横川部長はつまらなげにつぶやいた。

「まさか、容疑者は鉄道絡みのアリバイを主張してるんじゃないでしょうね?」

「鉄道絡みだったらどうだと言うんだい?」

 対する刑事は、明らかに面白がる顔つきをしつつ、口調は至って真面目に聞き返す。

「茶谷刑事ともあろう方が、そのような愚問を。嘆かわしい限りです」

「こちとら、そこの一年生のためにわざと聞いてやってんだ。いいから早く語りなさいっての」

 え、僕?と自分を指さす間もなく、横川部長が刑事に促されたかのように話し始める。

「鉄道絡み、時刻表をチェックするようなアリバイはトリックとしてつまらないからに決まっています。鉄道のみならず、公共の交通機関を主に利したアリバイトリックは、どれも似たり寄ったり。時刻表の隙間を縫うようなものばかりで、クリエイティブさが伝わってきません。もちろん、工夫を施した物もたくさんありますが、それ以外の物のイメージが強すぎなんですっ」

 部長は机を右拳の小指側面でどんと叩いた。静かな語り口だが妙な迫力がある。

「時刻表のアリバイトリックが色々と案出されてきた過去があり、現代でも一定数作られているようですが、いい加減にしてほしい。世の中に時刻表のソフト、アプリがたくさん出ている時代なのよ? だったら、せめて物語の中に登場する名探偵ぐらいはアリバイトリック解明ソフトを開発して、公共交通を乗り継ぐだけのようなシンプルなアリバイ程度なら、そのソフトに解かせることにしてもらいたいわ」

 何が何だ知らないけれども、どんどん熱を帯びていくのが手に取るように感じられる。声の音量自体は小さいほどなのに、逆に迫力を伴っているような。

 僕は、熱弁を振るう部長から、静かに立ったままの副部長へと視線を移した。そしてそばまで近寄り、率直に尋ねてみる。

「これ、どうなってるんですか」

「どうもこうも……見たままなのだけれど」

 不知火先輩はちょっと困ったような微笑を浮かべ、顎を横川部長の方に振った。見ていれば分かるってことなのか。

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