第2話 推理小説に限らない
「何ですって。副部長は彼に説明したんでしょう?」
「いやいや、してないって。聞こえてたでしょ。まだそこまでのやり取りはなかったって分かるはず」
「何だ。それなら安心したわ。説明を受けておいて理解できない愚鈍な一年生が入って来たのかと、落雷並みの衝撃を受けるところでした」
部長は副部長から僕へ目線を戻すと、「私直々に説明してあげるから、よく聞きなさい」と命令してきた。そう、まさしく命令。
「早い話が推理研は、主に推理することを研究する部なのよ。推理する、中でも探偵する行為をメインに追究してきたし、これからもそのつもりでいる。分かった?」
「はあ。つまり……横川部長は探偵をやってみたい、というかやっているというか」
「半分当たりね。やってみたいという表現を用いるのなら、私は名探偵をやってみたい、なりたい」
どうだとばかり胸を張る横川部長。形のよいでも固そうなバストに目が行くが、すぐに逸らして不知火副部長の方を見る。一般的な会話はこの人の方が通じやすそうだ。
「これは真面目な話なんですね?」
「断るまでもなくイエスよ。曲がりなりにも実績を上げているし」
不知火さんが答える横で、部長が「私は常に真面目です」と心外そうに呟いている。
「わ、分かりました。では部長が名探偵なら、副部長は……?」
「私も探偵。主に体力面を担当するんだけどね」
答えた不知火副部長は、腕っ節が強いようにはとても見えない。古武術の達人なのか、それとも武器作りマニアだったりして?
「先輩方が探偵なのは理解しました。では僕はどうして入ってくるなりワトソン役なんでしょう?」
「一番の理由はポストが空いているからよ」
古くからの基本的な原理原則よ、みたいにあっさり語る部長。
「それに書くのが好きそうな顔だもの」
副部長が付け加える。「推理小説研究会の看板を真に受けて来るぐらいだし」って、それは見た目とは関係ない。
「確かに書いてみたいなと思って、ここに来ました。だけど、決め付けられるのは気分がよくないというか、せめて適性テストみたいな物はないんでしょうか。テストを受けて、探偵に向いていないとなったんだったら、まだ納得できる気がします」
「あなたの言うことも尤もです」
部長が言った。案外、物分かりがいい。
「ただ、今の発言が、ワトソン役は探偵よりも下に位置付けられる、という考えから来たものであるのだったら、ちょっと問題ありよ」
「え、でも、事実――というか物語の中では、そうなんじゃありませんか。僕の記憶では、外国のミステリ作家が作った『ミステリを書くときの心得何ヶ条』みたいなやつの一項目に、ワトソン役は平均的な読者よりもほんのちょっと頭が悪いぐらいがちょうどいい、みたいなこと書いてあったような。名探偵は平均的な読者より上なのは間違いないのだから、ワトソン役は確実に探偵よりも下です」
「若いのによく知っている」
感心したのか冗談なのか分からない話しぶりの横川部長。だいたい、一つ年下なだけの僕をつかまえて若いって。
「それはまあ、推理小説の基本ですから押さえています」
「押さえているのなら、無能な探偵に代わってワトソン役が謎を解いてあげるという趣向の作品もいくつか知ってるんじゃないのかしら」
「まあ……そういうのは例外だと思うので」
受け答えに「まあ」が増えていると気付く。精神的に押されているのだと自覚して、ますます追い詰められた心地になった。余計な口答えなんかしなきゃよかったと後悔。この窮地?を脱するには――。
「ワトソン役、やってみたいと思います」
僕が推理研に仮入部させられて、一週間が過ぎた。
早々に、横川部長が探偵するところを目撃する機会が一度あったのだが、そのたった一度で、部長は癖のある探偵だということが僕にはよく理解できた。
あ、先に注釈しておかなくちゃ。僕らが通う美出学園は際立って優秀な者ばかり輩出している、ということはなく、進学先や就職先は様々で、嫌な言い方をするならランクは上から下まで取り揃えている趣がある。
部長が言うには、これは文字通り取り揃えた、つまり色んな業界や大閥の色んなレベルを狙って、満遍なく人を送り込んでいる。そのおかげでありとあらゆる方面に人脈ができ、コネが効くようになる。結果、様々な恩恵が在校生にまでもたらされるのだと。
では美出学園推理研にとっての恩恵とは何か。警察から難事件の協力依頼を持って来させることである。
って、一体どんなコネで、こんな無茶が通るようになったのやら。普通、刑事は扱っている事件の捜査具合を外部に漏らしやしないよ。聞き込みのとき、必要最小限の情報を小出しにする程度だろう。
そんなこんなで(?)ここからしばらくは僕が初めて横川部長の探偵ぶり目の当たりにしたときの話になる。
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