『密室殺人の犯人は何と刑事で、トリックは針と糸!』
第1話 誤解から始まる入部
ちょっと前、いやもうだいぶ前から、やたらと長いタイトルの小説が増えてきたように思う。特に、ウェブ小説と一括りに称される作品群で顕著だ。ネット検索してみると、ちゃんと検証した人もいるみたいで、増加傾向は厳然たる事実のようだった。
ただ長いだけでなく、文章になっているタイトルが大部分を占める。こういう流れになった理由は、ネット小説が盛り上がったことに起因するそうだ。数多ある作品群の中で、わずかでも他より目立とうとするには、タイトルでスペースを確保するのがよい。また、作品が膨大にあるとあらすじの欄まで見てもらえない可能性が高く、だったらタイトルである程度分かるように、内容に触れるのがいいじゃないかと限られた枠を有効活用した結果、長くて文章と化したタイトルが大流行となったそうな。似たような雰囲気のタイトルが溢れかえる現状はさておき、最初に考え付いた人は凄いと思う。
僕も物語を綴るに当たって、タイトルがいるなあと考えてみたのだけれども、いいのが浮かばない。ならばひそみに倣うとしよう。
僕の物語はミステリ、推理物なので、内容となるとたとえばこんな感じになるだろうか。
『北の地に消ゆ 誕生日のサプライズに地方勤務の婚約者を訪ねたけれどいなくて、それどころか部屋は荒らされ、血痕まで見付かったから一大事! 私OLだけど仕事ほっぽり出して探偵します!』
……既視感があると思ったら、あれだ。今はだいぶ減ってしまったけれども、ドラマの二時間サスペンスって、テレビ欄で長々と書いてあった。どこまでがタイトルでどこからあらすじなの?っていう。
『冬の裏日本カニと温泉尽くしツアー殺人事件 大学グルメ同好会の三人娘が旅先で遭遇したのは平家の亡霊? 犯人は何故カニのハサミを凶器に使った?』
そうそう、こんな具合だった。ということはひょっとすると、昨今の小説のタイトルが長文化したルーツは、二時間サスペンスにあるのかもしれないな。
さて、これから僕が記述していこうとしている話は、会社員カップルや女子大生三人組が主役ではないので、別のふさわしい題名を付けなくてはいけない。
内容に大胆に踏み込むのがいいのなら、いっそ、タイトルで犯人とトリックを明かしてしまうのはどうだろう。
『密室殺人の犯人は何と刑事で、トリックは針と糸!』
なんてね。さほど長くはならなかったけど、物語の中身を表すには必要にして充分な量だろう。気に入ったから、これで行くとするか。
あ、ご存知の通り、ミステリには叙述トリックなんてものがあるから、タイトルも鵜呑みにしないでほしい。
そうだ、自己紹介がまだだった。でもまあ、その内追々と分かってくるだろうから、大仰に構えて名前などを言わなくたっていいよね。ではお待たせしました、本編の始まり始まり。
といってもリアルタイムの話ではなく、以前に起きた出来事を綴るんだけれど。ここまでつらつらと書いてきた前振りに合う“事件”について僕が知ったのは、推理研に入って時間が経ち、慣れてきた頃だった。
~ ~ ~
僕が推理研に入ったのは、ちょっとした誤解がきっかけだった。
大学ならまだしも、高校で推理小説研究会があるなんて珍しいな、自分もよく読む方だし、ちょっと覗いてみるかなという軽い気持ちで部屋に足を踏み入れた。そうそう、推理研には専用の部屋があるんだ。普通――と言っていいのかどうか知らないけれども、高校の部活で専用の部室があるのは運動系だと思っていた。実際、僕が入学した高校の文系のクラブには、専用の部室がもらえているのは推理研の他に二つしかなかった。軽音楽部と漫画研究会だ。
それら二つは、必要とする道具が多い、実績がそれなりにある、競合する部との区分けなどの理由があって部室を与えられたんだなと、あとになって知った。ならば推理研はどんな理由があって、部室を獲得できたのか。今ならその不可解さに疑問を抱くべきだったと分かるのだけれども、入学当時の僕は気付かなかった。
特別棟一階の端っこに位置する推理研部室のドアをノックし、「はいどうぞ」と快活な声で返事があった。
「まだ入部希望じゃなくって、見学をしたいんですが、よろしいでしょうか……」
「どうぞー」
改めての返事に、そろりそろりと開けると、中で待っていたのは、女子生徒二人だった。もちろん、二人とも先輩で二年生なんだなと、上履きの縁の色で判断できた。
「推理研の見学にようこそ」
二人の内、眼鏡を掛けた方が言った。出入り口近くに置いてある受付らしき机の方へ回り込み、紙とボールペンを出してきた。
「クラスと氏名、よかったら書いてね。悪用はしないから心配無用」
そう言われるとかえって警戒しそうなものだけれども、ま、よくあるジョークだと受け止め、聞き流した。入部せずに終わったとしても、この先輩達とつながりを持っておくのはプラスに働く気がしたので、ボールペンを手に取ってクラスと名前をさらさらっと書く。
「私は
部長のフルネームは横川璃空というらしい。この時点では字面は無論知らなかったけれども、何となく中性的なイメージを抱いた。
だけど、振り返った部長は、明確に女性寄りの顔立ちをしていた。人によって、美少女とも美人とも言うだろう。その美しさを表現するパーツ――長めの睫毛やすっと通った鼻筋や透明感のある唇、ほっそりした顎のラインといったことよりも、自信みなぎる眼差しが僕の印象に強く残った。
このときの僕は通常の心理状態ではなかったんだと思う。
「
横川部長は決め付けた。僕を指差す決めポーズで。
「えっと……皆さん全員がワトソンみたいなものなんじゃないのでしょうか」
反射的に、でもなかったけれども、浮かんだ疑問を声に出して問い返していた。すると横川部長は眉根を寄せ、不服そうに口をすぼめた。
「何故? 何ゆえ、この私がワトソンなのです?」
こちらの方へずいっと踏み出し、片手で自身の胸元を指差している。いちいち様になる人だ。
「で、ですから、推理小説研究会の部員でしたら、ミステリを書くか、少なくとも書いてみたいと思ってるんじゃないですか。事件簿を書くという意味で、皆さんワトソン……」
恐る恐るご注進申し上げる、の心境だった。
伏せ気味だった顔を若干起こし、上目遣いで部長の表情を窺うと――きょとんとしていた。
「この一年生は何を言ってるの、
そうして不知火副部長に疑問を投げ掛ける。副部長は苦笑を浮かべ、「どうやら、というか当たり前だけど、推理小説を書くことがメインの部だと思って入って来たみたいよ」と応じた。
え、違うの? 今度はこっちがきょとんとする番だった。
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