第8話 探偵の片鱗
「そうだな。昼休みに教えてもらった話と掛け合わせると……合田は多分、夏休みのバイトで母親への誕生日プレゼントを買った。いきなり渡して驚かせたいが、家に置いておくと見付かるかもしれない。そこで柳沼の家に置いてもらっていた。
誕生日前日の九月一日には、手元に置いておこうと考えたのかな? ああ、合田は面と向かって礼を言うのが不得手なタイプに見えるんだが、どう思う?」
「そりゃまあ、見えるね。悪ぶってるけど、少なくとも身内や親しい仲間には凄く優しいってイメージ」
「だとしたら、母親へのプレゼントにしたって、直に渡すのは嫌だったのかもしれない。二日になって電話して、母親に『**を見てみろ』ってプレゼントの隠し場所を伝えるつもりだった。こう考えれば、前日の一日にプレゼントを自宅に移動させても不思議じゃないか。
ともかく、プレゼントのために朝っぱらから遠回りしてまで自宅に立ち寄ろうとした。実際に立ち寄ったかどうかは、そのプレゼントが家にあるか否かで決まる。ただし、二日まで隠す必要があるから、家の中のどこか目に付かない場所に密かに置いたろう。おかげで家の者は、合田が早朝に帰宅したことにすら気付かず、外泊のまま行方不明になったと思ってる。――想像だけでいいのなら、そういう絵が描けるんだよな。
家の者がプレゼントをすでに見付けているのなら、ほんの短い間とはいえ合田が帰宅したと分かるし、その後合田が学校へ向かったことも分かるだろうから、九月二日朝の時点で行方不明だと思うはずがない。だが実際には行方不明だとして学校に問い合わせている。八月三十一日、九月一日と二日連続で戻らなかったから、心配になって二日の朝に学校へ連絡したという流れのはず。
柳沼の証言を信じるとして、柳沼の家はどこら辺にあるんだっけ?」
「えっと、東の外れだったと思う。大きな道路が近いから、外に行くには便利だけど、この一帯では逆に不便という」
「さっきいた学校北門から見て右手だな」
頭の中でイメージしようというのか、立ち止まって目をつむる宝来。
「時間、いいのか」
「かまわない。考えてみたら、歓迎会用の菓子を買わなきゃいけないから、この近くの店で選ぶとするか」
「それもそうだ。って、事件の推理は?」
「まあ待てよ。合田の家は、学校を起点に考えれば北北西ぐらいか。距離的に自転車を使ったに違いない。それでも二十分は掛かる。合田の家から学校は、自転車なら五分と掛かるまい。歩きだとしても十五分程度かな。あ、いや、自転車が残っていれば家の人が帰宅したことを理解するはずだから、違う。合田は常に自転車で移動したと見なすべき。自転車で学校に向かったなら、登校中の生徒の目も増えるだろうから、合田が何かトラブルに遭ったとしても、気付かれそうなもんだが」
「気付かれてないってことは、柳沼宅から自宅への道すがら、何かがあった可能性が高い?」
「だと思う。阿賀は徒歩だけど、合田と通学路が一部被ってるよな。実感として、学校の近くだといくら何でも目撃者が出そうなものだと思わないか?」
「どうだろう、時間帯によるよ。事実、高梨さんと角で出会い頭になったときは、周りに誰もいなかったはず」
「それは遅刻寸前だったからだな。通常なら見られている」
「多分ね」
「じゃ、やはり柳沼宅から合田宅への移動の間に、何かあったと見るのが最有力か。次に柳沼の家で何かトラブルがあった可能性、三番目に、合田宅で家族と何かあった可能性。この順番で、仮説を検証していくのが近道だと思う」
「待った。柳沼宅が二番で、合田宅が三番という差はどこから?」
「行方不明を言い出したの合田の家族だろうからな。もしも家族が行方不明の原因だとしたら、騒ぎ立てるのはもう少し先延ばしすると思う」
「なるほど」
「あとは知りたければ、阿賀が自分でやってくれ。実際の証言とか証拠を集めることで、真相が見えてくるかもしれない。菓子は買っておくから」
それじゃここでって感じで、くるっと向きを換える宝来。
「一緒に買わないのか」
「うむ。疲れた」
「何か、合田の件に乗り気でないみたいだな。さほど親しくないとは言え、らしくないように見える」
「……実は、三宅刑事から釘を刺されていてね。しばらくは刑事事件になりそうなことには首を突っ込まないでおこうかと。誰にも言ってなかったんだが、夏休みの間に起きたある強盗殺人について、閃いたことを伝えたら、だいたい当たってはいたんだが、捜査態勢が滅茶苦茶混乱したらしくて。現状、合田の身に何か起きたとはっきりしない限り、動きたくても動けない。行方不明の届けが警察に出ているのなら、さっき言った程度の推理ぐらい、警察はじきに調べ上げるだろう」
「そうか」
僕は頷いてやった。
「事情は分かった。でも菓子は一緒に買いに行こう」
* *
「会ってくれてありがとう」
大きなドアが印象的な玄関に立ち、宝来博士は丁寧な口ぶりで礼を述べた。
「初対面からまだ二日。こんな夜遅くになって、突然の訪問だったというのに」
「別に気にしないで」
応じたのは高梨夢美。宝来を屋敷へと招じ入れる。お手伝いの者が一名いるが、宝来の相手は自分がするからと、下がらせた。
「どこにしようかしら。さすがに私の部屋でというのは無理だから」
「こちらとしては、どこでもかまわない」
「そう言えば、ここまでどうやって来たの? 今夜は曇り空、まさか自転車ではないでしょうし」
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