第4話 誘いと行方不明

「……まったく、にぶいやつだ。おまえさんにチャンスを譲ろうと言ってるんだってば。仲よくなりたいんだろ? 違うのか」

「え? そりゃ違わないけど。ていうか、ばれてたのか、僕の気持ち」

「分かるよ。ばればれとは言わないが、言葉や態度の端々にな。ああ、もう、みなまで言わせるか、恥ずかしいやつだ」

「そ、そうか。さすが名探偵」

「探偵じゃなくたって、分かるんじゃないか。室井さんとかに聞いてみたらいい。多分、ばれてる」

 それは……何となく気まずいような気恥ずかしいような。

 とにもかくにも、高梨さんを誘うのは僕の役目となった。


 翌日の登校では、高梨さんと出会わなかった。残念。

 まあ、教室に行けば会えるんだからかまわない。考えるべきは、勧誘するタイミングかな。周りに人がいたら、変な風に受け取られて、冷やかされそうな予感がある。

 朝の登校時に二人だけになれたら、サークル勧誘の絶好のチャンスだったのに。校内で二人きりになるのは結構ハードルが高い、いや、至難の業じゃないか?

 そう思うと、登校時に会えなかったのが、ただの残念から凄く残念に格上げしてしまった。

 と、生徒昇降口から入って、履き替えて、いざ教室へ行こうとした矢先、妙な話が耳に届いた

合田ごうだが行方不明って、いつものことじゃないんですか」

「それが今回は、悪友連中のところにも姿を見せてないようで」

 先生同士の会話で、周りがざわざわしているから気を緩めたのか、案外大きな声で喋っている。そのせいでよく聞き取れた。

 合田って、合田光一こういちのことだよなあ。クラスは違うけど同学年。ちょい悪で有名だ。不良ぶってるけど格好だけで、テストは及第点をキープしてるし、根は優しいという噂。

 そんな合田が行方不明とは穏やかじゃない。聞いたところでは、家族の者に無断で外泊することはあっても一日だけで、次の日はちゃんと学校へ行って自宅に帰るという。

 昨日来ていなかったんなら、今日来ないとおかしいって理屈になる。

「八月末日、柳沼やぎぬまの家に泊まったことまでは分かってる。柳沼が言うには、昨日の始業式に間に合うよう、朝ぎりぎりに、自転車で出発していったらしいんだが、誰も見ていない」

「私が聞いた話では、一旦自宅に戻ろうとしていたか、戻ったかだと」

「ああ、そうでしたな。忘れ物があったとか。で、柳沼宅から合田宅に自転車で向かった。だが、両親は息子の帰宅に気付いていない。恐らく自宅には帰らなかったんじゃないか。気が変わって、やっぱり休むことにしたとか」

「だとしても、今日も姿を現さなかったのは異例ですし、やはり心配です――」

 予鈴が鳴り、話はそこで終わった。僕はその話の中身が気になりながらも、慌てて教室に向かった。


 一時間目のあとの休み時間、僕から持ち出すまでもなく、合田の行方不明はそこそこ話題になっていた。

「宝来探偵としてはどうなん?」

 僕は当たり前のように、宝来に意見を求めたんだけど、

「何だそのふわっとした質問は」

 と返されてしまった。意外だな。興味を持っていると思ったのに。

「いや、分かるだろ。合田の行方不明の」

「事件かどうかまだ分からないからな。ただ……事件だとしたら手遅れじゃないかって気もする」

「え」

 いきなり剣呑なことを言う。理由を質した。

「知る限り、合田は規則的な日常を送っている。己にルールを課していると言うべきかな。無断外泊は一日だけとか。それが守られていない時点で、異常事態だ。合田自身の意志でそうなったのなら問題なし、そうでないのなら自由を奪われていることになる」

「うん、分かるよ。でも、手遅れってのは言いすぎだろう」

「もちろんイメージで語った推測部分もある。あいつの周りには、力で物事を解決する連中も多いみたいだから」

「……」

 自分から聞いておいてなんだけど、気分がずーんと沈んだ。クラスの他のみんなは、やれ女と一緒に逃げてるとか、ギャンブルで負けて借金取りに追われてるとか、適当なことを無責任かつ楽しそうに語っていたものだから、ついそのノリで宝来に話を振ったのは失敗だった。

「それよりも阿賀。勧誘の話はどうなってる?」

「あ? ああ、そうだった。今朝は一緒にならなかったんだ、登校」

「だろうな。高梨さんとおまえとで、教室に来る時間差が激しすぎる」

 肩越しに親指で、それと分からぬぐらい小さな仕種で、高梨さんの方を示す宝来。彼女の周りには女子が何人かいて談笑している。早々と溶け込めたようで何よりだ。

「そこまで言うほど、高梨さんは早く着いてたのか」

「阿賀が遅刻ギリギリだったんじゃないか」

「いや、あれは先生の話に気を取られていたからで」

「ま、それを抜きにしても、早かったみたいだぞ。見てはいないんだが、車通学らしい」

「えっ」

 意外だった。お金持ちっぽい雰囲気は感じなくもなかったけど、昨日は徒歩だったから、今日は車で通学だなんて想像もしない。

「昨日は転校初日だから、歩いてみたのかな」

「そんなところだろ。それで遅刻しかけていたら、笑い話にもならないけどな」

「にしても、車かぁ。当てが外れたよ。登下校のとき、タイミングを見て勧誘するつもりでいたんだ」

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