第3話 麦を倒さない方のミステリサークル
「ミステリというのは推理小説? それとも超常現象の方?」
高梨さんがこう聞いてきたのには、またちょっと驚かされた。こんな清楚系美人が、人殺しのある推理小説に興味があるようには見えなかった。超常現象やオカルトの方のミステリなら、もしかしたら好きでもおかしくないかなと思うけど。ま、偏見だね。
「うん、推理の方。宝来の趣味兼特技でさ」
「趣味は分かりますけど……特技?」
口元に右人差し指を当て、きょとんと首を傾げる高梨さん。いちいちかわいらしい。人によっては芝居がかっているとも言うかもしれないが、高梨さんのは断じて違う。
宝来が「それは」と答えようとした矢先、化学室に到着。教室と同じ並びに席が決まっているため、僕と室井さん、宝来と高梨さんとで離ればなれに。
「大丈夫かなあ」
室井さんは宝来達の方を見て、振り切るように向き直ると着席した。
「何を心配してるのさ」
「だいぶ前になるけれど、私に特技の説明をしたとき、最初に嘘ついたでしょ」
「あー、あれ」
思わず苦笑が浮かんだ。宝来は同じ質問を室井さんからされたとき、「探偵をやってるんだ」と答えたのだ。その場でばらさなかったせいで、室井さんはしばらく信じたどころか、“造花紛失事件”を解決してくれるよう依頼を持って来たほどだった。宝来は特技が探偵というのは嘘で、推理小説を書くのが本当の特技なんだと打ち明け、結果、室井さんから一時ひどく軽蔑された(僕も巻き添えを食らった)。が、その後、密かに捜査に乗り出した宝来は、造花紛失事件に解決をもたらしたのである。
だから、今の宝来が特技は探偵だと主張したとしても、あながち的を外していない気がするのだが。
「みんな座れー。点呼するぞー」
準備室から白衣を羽織った
二学期最初の日は、授業は午前中まで。午後からは部活に顔を出す生徒が多い。僕は学校公認の部には入っていなくて、サークル活動をしている。正確を期すと、宝来に拝み倒されて参加させられている、ミステリ同好会に。
「今日はどうする?」
正式な部ではないため、定まった活動場所は与えられていない。そもそも決まった活動方針すら曖昧なのだが、推理小説やミステリ映画の鑑賞会がメイン。他は、宝来がトリックを考案して、それを僕ら他のメンバーが批評するなんてこともやっている。会誌のような物は作っていないが、在校中に一度くらいはチャンスがあるに違いないと、宝来は割と呑気に構えている。
「暑いから早く帰るか、もしくは涼める場所に行くか、だな」
今日は宿題が出ていないから、時間はある。金は――自由に使える金はない。
「どこかに行くとしても、二学期初っ端の活動くらい、幽霊会員も集めるべきじゃないか」
「そうか。忘れるところだった」
名前だけ入ってくれているのは二人いる。一人は多分お察しの通りで室井さん。今一人は、別のクラスの
ちなみに、サークルが部に昇格するにはいくつか条件があり、その全てを満たす必要はないものの、最少でも五名が集まるのは絶対条件だ。申請時、その五名の中に他の部活動をしている者を含むのは好ましくないともされているが、こちらの方はそれなりに柔軟な対応をしてくれるとの噂がある。
「高梨さんに入ってもらって、部への昇格申請をしてみないか」
下駄箱の前まで来た時点で、宝来が唐突に言い出した。
「ええ? 部を目指すのはいいけれど、高梨さんを勧誘するってのは、どういう脈略だ」
「趣味と特技について語ったときのことだ。高梨さん、最初は怖そうに聞いていたのだが、警察に知り合いがいると話したら、興味を持ってくれたみたいでな」
「知り合いって、あれは勝手につきまとったという方が正確なんじゃないか」
宝来の解決実績は、造花紛失事件の他にも実はある。全国的にもかなり話題になった毒死事件について、報道された状況だけを聞いて、毒の混入ルートを見付けたのだ。ただし、この素人探偵・宝来クンは、七通りもの方法を思い付いてしまって、内一つが当たっていたという、評価の難しい名推理ぶりではあるのだが。
その際に応対してくれた刑事の
「血が出たり人が死んだりという話は余り好きじゃないけれども、正義をなす警察官という職業には畏敬の念を抱いているようだ。だからうまく誘えば、入ってくれるかもしれない」
「頼りない根拠だな」
外靴をばんと下に落として、履き替える。大げさな動作でごまかしたが、高梨さんが入ってくれたら嬉しい。活動にも積極的に参加してくれれば、張りと潤いが出るというものだ。
「仮に勧誘するとして、誰がやるんだ。女子に頼むのか」
「いや、室井さんや河野さんの誘いで入ってくれたとして、いざ活動を始めてみたら女子二人はいない、では詐欺っぽく見える」
「じゃあ、必然的にどちらかがってことになる」
宝来と僕ではどっちもどっち、どんぐりの背比べはおろか、ごまの背比べがいいところだが。敢えてましな方を選ぶとすれば。
「そりゃ、そっちだよ」
宝来が言った。
「こちとら質問の段取りを間違えたせいで、印象は最悪だろうからなあ」
「いや、あれは周りの女子に大不評を買っただけであって、高梨さん本人は、宝来のことを特に印象悪くは思ってないんじゃないか。そうでなきゃ、話し掛けてこない」
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