第5話 昇格すれば幽霊が消える
「なるほど。まさか車に乗るところを呼び止める訳にもいかず、ましてや乗せてもらうなんて展開は期待できないと」
当たり前のことをわざわざ声に出して確認するなよ。高梨さんに聞こえるかもしれないじゃないか。
「仕方がない。そういう事態なら、他のチャンスを待っているよりも、行動あるのみだ」
宝来はすっくと立ち上がると、ぽかんとしていたであろう僕の前を通り過ぎて、左後ろの高梨さんの席に直行した。
「え、おい」
呼び止める間もなく、女子の話の輪に割って入った宝来。自然さを心掛ける様子はない。
「ちょっといいかな。――昨日は失礼な質問をしてすまなかった。改めてお詫びする」
頭を下げた宝来に対して、高梨さんは戸惑いを一瞬覗かせるも、「もう気にしていないわ。昨日話して、そのことは伝わったと思ったのだけれど」と笑み交じりに応じてくれた。周りの女子達も若干引き気味だったのが、どうにか緩和される。
宝来は顔を起こすと、やはり笑顔で言った。
「それはよかった。ほっとした。だが、こちらの気がすまないんだ。ついては、我がサークルに入ってくれないか。高梨さんの命令なら何でも聞くよ」
無茶苦茶な誘い方だな、おい。いくら行動あるのみったって……。
昨日から思うようになったことだけれども、宝来は異性との接し方がよく分かってないのでは。僕だって他人のことは言える立場じゃないけれども、もう少しまともな方法を採るぞ。
ところが。
「宝来君の言うサークルって、昨日言っていた探偵の? 面白そう」
高梨さんは意外にも乗り気のようだ。
「気に入らなかったら、いつでもやめられる?」
「ん、まあ基本的には自由だが、気に入らないからやめるってのは、なしにしてもらいたいな。今年いっぱい、いや、今日から二ヶ月間で面白いことがなかったら、やめてくれてもかまわない」
なにこのやり取り。結婚する前に離婚したときの条件を決める海外セレブのようだ。
「お試し期間にしては長いけれども、面白そうだから入ってみるわ」
高梨さんは探偵サークルに入ることになった。事前に僕らがあれだけ迷ったのは何だったんだと思えるほどあっさりと。
「五人集まったんで、部への昇格申請を出しておこうと思う」
昼休み、食事をさっさと済ませた宝来は僕にそう言い置いて、これまたさっさと教室を出て行った。
「高梨さんが顔を出すのなら、私も幽霊会員を脱して、出てみようかな。五人で部として認められたら、予算も出るから気になるし」
近くの席では室井さんが高梨さんと探偵サークルでの活動について話をしている。
「五人というと、あと一人は……」
「あ、高梨さんは知らなくて当然よね。河野さんと言って、別のクラスだけどいるの。私よりいくらかましな幽霊会員。――阿賀君、河野さんには伝えた? 五人目が入ったこととか」
「いや、まだだ」
「じゃ、伝えるついでに、呼んできてよ」
僕は使いっ走りかよ。
でもまあ声を荒げて抗議するほどでは全然ない。何か役に立てることがあるのなら、ありがたく承るとしましょう。
と、腰を上げ、戸口に目を向けたんだけれど、ちょうど話題にした河野さんが入ってくるのが見えた。
「あれ。以心伝心じゃないけど、来たみたいだ」
「え? あ、河野さん。こっちこっち!」
わざわざ手を挙げなくても、いつもとそんなに場所は変わっていない。河野さんは若干スピードを上げて、すたすたとやって来た。くせ毛のせいか髪はぼさぼさ気味、目は眠たげであるが、土台がいいので何もしなくてもそれなりに見栄えする、とは室井さんによる河野さん評だが、確かに河野さんの肌は同世代の中でも一際きめ細やかだ。
「宝来君は?」
「いない。部に昇格を目論んで、申請書類を出しに行ったから」
「ということは、五人目に誰か入ってくれた?」
眠たげだった目が、多少は開いた。
「そう。こちらの転校生、高梨さんが入ってくれましたっ」
「おお、それはありがとうございます。初めまして、河野由津里です」
立ったまま自己紹介をする河野さん。高野さんも席を立って、「高梨夢見です。よろしくね」と短めに挨拶をした。それから、
「私のことよりも、何か用があったのでは」
と気にする素振りを見せた。
「そうそう。合田君が二日続けて来てないの、ちょっとした噂になってるでしょ。宝来君が関心を持ってるんじゃないかと思って、来たんだけど」
「どうして河野さんが……あ、合田と同じクラスだっけ」
「そうだよ。クラスでも彼の話題で今朝から持ち切り。その中から、曲がりなりにも信憑性がありそうな話を持ってきたんだけど、宝来君がいないのなら出直してこようかな」
「あ、僕が聞いておくよ。あいつが興味ないって言い出したら、それまでだし」
ノートとシャープペンシルを用意した。
ちなみに、スマホなどの携帯端末は、うちの学校では持ち込みが許可制で、しかも校内での通信通話は原則禁止。なのであまりありがたみがない。記録を付ける分には充分役立つのだが、宝来が言うにはどうせあとで帳面に書き起こす、その方が考えやすい、だから最初から携帯端末は使うなという考えの持ち主なのだ。
よい手書き入力アプリがもしあれば、そっちを使うのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます