第10話 宙を舞い、回転する

「それで、具体的にはいかなる方法が使われたと思っているのかしら」

 不知火副部長が尋ねる。僕はまだまだワトソン役としてキャリアが浅いせいか、あとで文章にするためにメモを取るのに意識が向いて、“名探偵”への質問や合いの手がたまに遅れたり、忘れたりすることがある。副部長は、そんな僕のフォローをしてくださっているようなのだ。ありがたや。

「よくぞ聞いてくれました」

 一方、部長のこの台詞は、ワトソン役としての僕の至らなさを指摘しているかのように聞こえ、耳が痛い。

「二人もテレビ番組やネット動画で見たことがあるかもしれないわね。空気で膨らませた風船を複数個つなげてドーナツ状にした物を、ドライヤーなどの送風で宙に浮かせ、回転させる様を」

「それってひょっとして、八十村やそむら博士ですか」

 科学実験家と称し、科学の楽しさ面白さを伝える実験を披露しすることで小さな子らから人気を博しつつ、その目は狂気じみているというキャラクター。白衣を着込んで科学者っぽい格好、博士と呼ばれるけれど本業はタレントで、八十村電右衛門でんえもんは芸名だとか。そんな八十村博士がテレビ番組で、嬉々として様々な実験をやっているのを何度も見たことがある。

 ただ、ドーナツ状につなげた風船をどうこうっていう実験は、見覚えがない。そのことを正直に言うと、横川部長はへし口を作って少し考え、「説明してあげたいのはやまやまですが、面倒なのであとで動画検索しなさい」と言い放ってくれた。

「私はテレビで映像を見て、興味が湧いたのですぐに試してみました」

「へえ」

 風船をたくさん用意し、輪っかになるように貼り付け、ドライヤーで浮かせる女子高生探偵……絵になるのかならないのか、微妙なラインだな。

「私感ですが、コツさえ掴めば誰にでもできるでしょうね。糸を巻き取るだけのパワーも充分あるように見えました。閂の現物に触れていないので断言は避けますが、茶谷刑事自身、糸で操作する方法を模索していましたし、ドーナツ状にした風船を用いたこのトリックで閂を掛ける動作は可能だと思っています」

「もしかして部長、実験した時点で、これトリックに使えるわって考えていたんじゃありませんか」

 確証はないと前置きしていた割に、部長があまりに自信ありげに語るものだから、率直に聞いてみた。

 すると途端に部長の頬に、朱が差すのが見て取れた。本人も自覚が大いにあったようで、即座に髪をなびかせて僕らの方に背を向けると、

「そそんなことはありません」

 と若干の震えを帯びた声で言う。

「私が試したのは、ドローンとの組み合わせだけです。風が複雑になって、うまく行きませんでしたけどね」

 ドーナツ風船にドローン……どんなややこしいトリックを思い付いたんだろう。

「横川先輩って、名探偵という以上にトリックメーカーみたいですね」

「――それ、褒め言葉?」

 再び向き直る部長。もう表情は普段通りに戻っている。いや、ちょっぴり怒ってるかな?

「一歩間違えると、犯罪プランナーと同等に聞こえるわよ」

「滅相もない。褒め言葉、賞賛の嵐ですよ」

「どうだか」

「横川先輩のことだから、トリックだけじゃなく、犯人も目星は付いてるんでしょう?」

 つい勢いで言ってしまったが……部長はトリックをツンデレ的に偏愛するあまり、事件の犯人の方はおざなりに済ませてしまうケースが結構あるのだ。まあ、茶谷刑事の方も底までは期待していたいので問題ない。

「そう、今回はトリックの解明イコール犯人の絞り込みに直結していると言える」

 あ、よかった。犯人も分かっているらしい、今回は。

「現場に、膨らんだままの風船は一つだけで、あとは皆破裂していたとのことでした。犯人がトリックの痕跡を消すために割ったのでしょうけど、手で割っていったのであれば一つ残す意味がない。恐らく、ドライヤーを止めることで床に落下した風船に、縫い針が刺さるような仕掛けをしていたんだと考えられます。その場合、針先は当然上を向いてなければいけない。実際には、たくさんの針が床に散らばっていたと言いますから、何らかの方法で針が立つようにしていたはず。そして時間経過によって針を立てていた物は消える。この条件を満たすのは、ドライアイス製の台でしょう」

「ドライアイス?」

 僕はワトソンとして大げさに声を張り上げた。本当はドライアイスと聞いた時点で、いや、何らかの方法で針が立つように云々という説明の段階で、ぴんと来ていた。部長の発想力には敬意を表するし、推理が早いのも事実だ。だからそんな名探偵を盛り立てるため、読者よりも若干鈍い書き手を演じようと僕は腹を括っているんです、はい。

「分かりませんか?」

「い、いえ、何となくイメージはつきますけど。でも、ドライアイスなんて、簡単には用意できないでしょう。事件が起きたのは保養のための小さな島なんだから、お店があるとは考えられませんよ」

「ええ。だからぱっと来ただけの利用者、つまり宿泊客には無理。管理人が周到な準備で予め用意しておいたと見なすのが妥当だわ」

「え? ということは、犯人は管理人の榎……」

「そうなるわね。他に考えられないでしょ。ドライアイスの件を除いたとしても、初めて施設を利用した人、あるいは希にしか利用しない人には絶対に無理なのだし」

「どうしてそう言えるのでしょうか」

 僕の問い掛けに対し、待ってましたと言わんばかりに部長はもみ手をした。

「トリックを実行に踏み切れるのは、現場で密かに実験を積み重ねた人にしかできないからよ。小窓からドライヤーを当てて、ドーナツ状の風船を回せると、自信を持って遂行できるのはね。管理人の榎なら、利用者がいない間を利して、いくらでも試行錯誤できる」

「なるほど」

 実験を重ねるだけなら、何度も利用した人物がいればそいつも容疑者候補になり得るけれど、密かにという条件が付くことで、管理人に限定される訳か。

「私からも言うことはないわね」

 ずっと黙って聞いていた不知火先輩も、すんなり認めた。あとはこの推理を茶谷刑事に伝えて、警察の方で本格的に検証してもらうだけ。

 ただ、真相を言い当てていたとしても、元とは言え警察関係者が刑事殺しの犯人となったら、あまり大きく報道されないのではないか。少なくとも、榎管理人の経歴は曖昧にされそう。まあ、僕らには関係がない。

 個人的には、この手記のタイトルが、どうにかこうにか事実に沿う範囲で収まってくれて、ほっとしている。

 犯人は(元)刑事で、密室トリックは針と糸(と風船とドライヤー)だったのだから。


――「『密室殺人の犯人は何と刑事で、トリックは針と糸!』」終わり

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