第9話 「犯人に加えて私も思い付いたとしても独創的?」

「島なのだから、捜査班が到着するまで通常よりも時間を要したはず。つまり、使われたが捜査班が着いた頃には冷め切っていたとも考えられますね。結構です」

「まさかとは思うが、風船で閂を持ち上げて、また下ろしたとか考えているのかい? んで、風船の中身がヘリウムガスじゃなかったと知って、ドライヤーを思い付いたと。果たしてそんなにうまく行くかねえ。ドライヤーの空気を送るとしたら、床に近い小さな窓しかないが、ドアまではそこそこ距離がある。強力なドライヤーでも、風船をコントロールできるとは思えんな」

 茶谷刑事がなかなか奇想天外なことを言い出した。こんな発想ができるからこそ、我が推理研を担当する係に回されたのかしらん。

「ええ、似たようなことを考えています。でも、風船を浮かせて、閂を直に上げ下げするには、ちょっと厳しいでしょうね」

「だったら――」

「割れた風船は、互いにつながっていたのではありませんか」

 再びの唐突な質問内容に、茶谷刑事は口あんぐりとなった。ただ、彼を驚かせた理由は質問の唐突さだけではなかった。

「何で分かった? 全部じゃないが、破裂した切れ端を拾っていくと、輪にしたセロハンテープを両面テープのように使って、別々の風船を引っ付けていた物が見付かっている」

「ふうん。テープは仮留めの取り忘れかしら。それともテープだけで強度は充分なのか……ああ、もしも不充分だったら、風船のゴムと同じ材質で紐状の物をこしらえて、まとめることもできるかしら」

「かしらかしらと何ぶつぶつ言ってる? 今のは質問じゃないよな」

 できる限り答えてやろうと構えていた刑事は、部長の際限のない独り言に待ったを掛けた。横川先輩はふんわりとした笑みを見せ、首肯した。

「はい、質問ではありません。次の質問はこれからです。茶谷刑事、現場で糸の類は見付かったのか、教えてください。先ほどから閂を糸で操る方法を想定した発言を繰り返しされましたから、あったんだと思いますが」

「ああ。小窓の編み目は通らない、ぶっといたこ糸なら床に落ちていた。しかも、くるくるに丸まった状態で見付かってる。子猫がじゃれついたみたいにな。とてもじゃないが閂を引っ張れたとは思えない。引っ張ったあと、部屋の外から糸を丸める方法があるとも思えん」

「あきらめがよすぎます。糸は部屋のどこにあったんでしょう?」

「どこって……中央ってことはないな」

「小窓の近く?」

「いや、近くではないな。小窓寄りと言える程度だ」

「そうですか。あとは……縫い針や風船は何者かが持ち込んだ物か、施設にあった物かは分かっています?」

「縫い針は施設にも用意されてはいるが、犯行現場に落ちていたのは別物だった。一方、風船はあった。何でも、射的のマトにちょうどいいとか言い出した利用者がいて、施設の方で常備しておくようになったそうだ。念のために言っておくが、拳銃で撃つんじゃないぞ。おもちゃのパチンコだ」

 そりゃそうでしょうとも。

「風船が常備されていたということは、膨らませるための道具もありましたか」

「用意されていた。誰にでも使える状態でな。風船の内側から唾の類は検出されなかったそうだから、膨らませたのが犯人であろうがなかろうが、道具を使ったことになる」

「――茶谷刑事、このあとの予定は?」

「お、来たか。何なら今聞いてやってもいいんだが」

 横川部長の言葉を、目処が付いたサインと解釈したのだろう。茶谷刑事は身を乗り出さんばかりに座り直した。

「いえ、少し時間をください」

 横川部長は名探偵然とした?態度で、静かに受け答えをする。

「そもそも、当たっているとは限りません。特に今回のトリックは、検証実験が必要になります。再現性についても心許ない」

「おいおい、大丈夫か」

「“絵”は描けています。待つ間、暇を持て余すようでしたら、図書館で調べてみてください。“コアンダ効果”で合っていると思います」

「『パンダコパンダ』みたいな名前だな」

 刑事が何故、そのタイトルを知っている。小さなお子さんがいるのかな。

 ともかく、茶谷刑事は一杯引っかけにでも行くかのように、ひょうひょうと部屋をあとにした。


「危なかったです」

 刑事が完全に離れた頃合いを見計らい、横川部長は席を離れ、机に両手をついた。

「危なかった?」

 僕と不知火先輩は相次いで同じフレーズをつぶやいた。当然、続きは不知火先輩が話す。

「どうして。危ないところなんてなかったでしょうに」

「危なかったわよ。茶谷刑事に先を越されそうだったじゃないの。私達に付き合わされて、段々と頭脳がトリック解明向きに変化しつつあるのかもしれないわ」

「え。ということは」

 僕はワトソン約の役目を果たそう。つまり、言わずもがなのことを敢えて言葉にして確認する。

「さっき刑事さんが言っていた、風船にドライヤーを当てて閂を上下させるっていうのが……」

「私が行き着いた答の一歩手前よ」

 そう言うと、部長は自らの上腕を抱きしめるポーズを取った。

「危うく、私のトリックが解かれてしまうところでした」

 いやいや。あなたのトリックじゃないでしょ。少なくとも、横川先輩の考案したトリックではない。……ん? 待てよ。もしも事件の真相を外していたら、横川先輩が考案したトリックってことになるのか。ややこしい。

「それで璃空は、今回の密室、どう評価しているわけ?」

 副部長のふりに、横川部長は自身を抱きしめていた腕を解き、両拳をぎゅっと握った。そのまま胸元に引き寄せ、ダブルガッツポーズ。

「素晴らしいわっ。オリジナリティで言えば満点! 無論、私の知る範囲では、だけど。惜しむらくは小窓の存在ね。あれのおかげで密室が、ある意味不完全なのは残念。だけどあれがなければトリックが成り立たない。二律背反だわ」

 二律背反の使い方がちょっとずれてると思いますが、まあニュアンスは伝わるからいいか。多分、部長本人も分かって言っている。

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