巡り合わせ
第1話 読者への挑戦と文章修行
私は悩んでいた。
――と、詳しい事情を語る前に、いきなりの注釈で申し訳ないけれども、ここで言う“悩む”とは文字通りの意味であり、よくある“悩んでいると言いながら実は迷っているだけ”などという中途半端な状況に置かれているのではない。
ついでにもう一つ言い添えておくと、こんな語り口調だけれども私は高校生で、しかも紛れもなく女子だ。叙述トリックなんてものを気にする必要はない。もちろんこの先、性転換すれば女子ではなくなるが、今のところそんなつもりは一毫もないと断言しておく。
説明っぽくなったので、詳しい自己紹介やら今の周りの状況やらもあからさまな説明で済ませたいところだが、それでは修行になるまい。そう、文章修行に。
「じゃあ、
おっと、隣に座っていた友達が腰を上げた。考え事をしている間に、もう自宅最寄りの駅に着いていたか。おしゃべりが弾まず、彼には悪いことをしたかなと少し思う。
目の前を通り過ぎて降りていった学生服姿の彼、
サークルの名は「よろず推理物研究会」。
ぶっちゃけてしまうと、推理小説研究会みたいなものなのだけれど、「推理小説研究会」という名称だと、小説に限定している感があってよくない。「ミステリ研究会」では、いわゆる超常現象に興味がある人が勘違いして入部を希望してくる可能性があり、いちいち説明してお断りするのはしんどい。そこで美波君が捻り出したのが、「よろず推理物」だ。ちょっと即物的すぎるかなと思うけれど、分かり易いのは確か。これなら推理小説は無論のこと、ミステリコミックやテレビの二時間サスペンスに刑事ドラマ、果ては映画や舞台劇までカバーできる。現在、幽霊会員を含めて四名が所属し、顧問もいて、それなりに活動している。部に昇格するには会員をあと二人増やし、なおかつある程度の実績を上げ、継続性が認められる活動を行わねばならない。推理研の顕著な成果ってよく分かんないけど、とりあえず美波君は推理小説を書いている。彼自身、部になることにこだわりはないみたいで、その辺はのんびりやっている。
私が文章修行なんてものに精を出すようになったのも、彼の影響が大。美波君は推理研を始める前から小説を書いていて、ネットの小説投稿サイトに推理短編をちらほら挙げては、サイト内のミニコンテストで時々いい線行くレベルなんだけど、私は好きだ。最初に読んだ、バレンタインチョコに入っていた青酸カリで殺人が起きるやつ、アーモンド臭の勘違いを活かしてて面白かったな。あれでファンになった。
でも、当人に、べたぼめ感想を伝えることはしていない。ちょっぴりほめて、ダメ出しをたっぷりする。ダメ出しと言っても、こっちは答を知ってから捻り出した、こじつけみたいなものなんだけど、彼はふんふんと素直に耳を傾けてくれる。そうして上達してくれるのなら、私もさらに面白いミステリが読める訳で、Win-Winてやつ?
でまあ、同級生が書けるのなら自分もと思うのが人情(?)。美波君には内緒で始めてみたものの、なんと難しいことか。書いた物を読み返すと、トリックがとかキャラクターがと言う以前に、文章が「でした」「ました」の連発になっていて、凄く読みづらい。優等生の読書感想文か!とセルフツッコミをしてしまった。
そういう経緯で、文章修行を心掛けている最中なのだ。今は、意識して男性っぽい、「だ・である」調の多用を念頭に置いている。
あ、でもね、普段、友達と喋るときなんかは、こんな言葉遣いじゃないのよ。そりゃあ、「ごきげんよう」とか「あらあら、はしたないことですこと」なんて台詞は口にしないけれども、いわゆる女の子らしい喋り方をしているので、勘違いしないでね。
とにかく、修行が足りないらしく、まだまだ上手には書けない。がんばれば同い年の美波君レベルには到達できるはずだと信じて、研鑽する日々。なのだけれども、南来んの書く作品を読むと、追いつけるのは果たしていつのことになるのやら心配になってくる。
そもそもの話。私が現に悩んでいるというのも、美波君から渡された原稿に起因しているのだ。
その作品は作者の言葉によると短編で、犯人当てや謎解きタイプのミステリではないのだけれども、結末が書かれていない。いや、書いてはあるのだろうけども、美波君曰く、「途中までを渡すから、読んで、どんなオチを予想したのかを聞かせてほしいな」と言ってきたのだ。
私は内心、嬉々として読み始めた。だって、投稿サイトに上げる前の作品てことは、私が最初の読者ってことになるじゃない。読者冥利に尽きるってやつ?
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