第2話 幼馴染み
ところが、渡された文を読み終わって、弱った。どんなオチを予想するかと問われているのに、何一つ思い付かない。必死になって考えていると自然に口数が減って、しまいには彼のことを放置してた、という訳。
さっき別れるとき、もうちょっと愛想よく、挨拶した方がよかったかしらなんて、今頃になって心配になってきた。
……疲れた。
美波君の作品の意図を読み解こうと頭脳労働で既に疲労していたところへ、文章修行まで始めたものだから、脳がくたくたになって、ぐでんとこたつ机にもたれ掛かった感じ。ああ、冬でもないのに比喩にこたつを出しちゃった。まだまだだなあ。
それはさておき、眠れるものなら眠りたいところだけど、あと三分もすれば、今度は私が降りるべき駅に到着する。乗り過ごすのだけは避けなくちゃ。
ノートとシャープペンを片付け、学生鞄に仕舞う。悩み事は自宅へ持ち越しだ。手元に残した携帯端末の画面に視線を落とし、別件での沈思黙考に入った。
そこにあるのは小説のアイディアだ。主に、トリックのネタ。具体的なトリックの仕組みだけじゃなく、こういうのって不思議だよねと思える“謎”のシチュエーションやいじり甲斐のありそうな複雑な人間関係、果てはちょっとしだ駄洒落まで、使えるかもと感じたら何でもかんでもメモしている。それらを素にして、膨らませていくのは携帯端末ではやりにくいため、ノートを広げてシャーペン片手に唸ることになる。
そうこうしていると電車がスピードを落とした。新しいネタを思い付く間もなく、プラットフォームに滑り込む。ターミナル駅から数えて三つ目の、さして大きくない古びた駅だ。
普段なら、陸橋へと続く階段に一番近い車輌に乗ってるんだけれども、ここしばらくは違う。何故なら、駅舎が工事中で陸橋が使えず、反対方向に設置された踏み切りを渡る必要が生じていたから。
ただし、陸橋と異なり、タイミングによっては踏み切りで待たされる場合もあるので、車輌の降り口が近かろうが遠かろうが大差ないんだけどね。ぎりぎりを走って渡るのは危ないし、学校に知られたら大目玉だ。なので、乗る車輌へのこだわりもここのところはあまりない。
今日はちょうどフォームの真ん中辺りに降り立った。踏み切りのある方へ向かおうと、夕陽に目を細めて歩き出す。と、程なくして後ろから声を掛けられた。
「朝倉さんじゃない?」
知っている声に足を止め、振り返る。長い黒髪にすらりとした立ち姿、一見無表情だがよく見ると目尻や口元に笑みを絶やさない、優しげな雰囲気。西日を浴びてやや分かりにくかったものの、私が思い描いた声の主に間違いなかった。
「
思わず、人目も憚らず両腕を広げて駆け寄った。勢いそのままに抱きつこうとしたんだけれども、学生鞄が邪魔をする。仕方なく、勢いは収めて、鞄を置いた。
「ほんと、久しぶり」
互いに両手を取り合って、笑顔の交換。抱きしめなくても、今はこれでいいや。
不知火
「しばらく見ない内に、不知火さん、大きくなって」
私が冗談を口にすると、彼女も「ふふ、朝倉さんこそ」と返してくる。もう電車は行ってしまって、降りた人達の流れも途切れそうだったけれども、念のため、邪魔にならないようプラットフォームの中程に移動し、立ち話を続けた。
「真面目な話、背、高くなったわね。前は私の方がずっと高かったのに」
「そりゃもう、育ち盛りだから」
さりげなく、胸元をアピールしたつもり。不知火さんも気付いたみたいだけれど、またもや「ふふ」と笑って、スルーされてしまった。
代わりに、「制服、似合ってる」との言葉をもらった。
「あれ? 見せたことなかった?」
「中学のときだったと思う。高校のは初めて」
「そっか。うむー。記憶力に自信が……。ごほごほ、歳は取りたくないものよのー」
再び冗談めかすと、今度は「ばかなこと言わないの」と軽く肩を叩かれた。
「そんなことよりも、このあと時間はないかしら。折角だから、落ち着いておしゃべりしたいな。電話とはまた違うものね」
「ああー、うーん、後ろ髪どころか前髪も引かれてるけれども、宿題があるから厳しい。せいぜい三十分がいいところかなあ」
「宿題が多いのは私も同じよ?」
「いやー、不知火さんと違って、私は……」
「そっか。しょうがない。じゃあ、こうしましょう。今度いつ会えるか、はっきり約束するの。どう?」
「それならもちろん、いいよ」
スケジュール確認のため、携帯端末を取り出そうとする。その際に、さっきまで表示していたメモ書きのことが頭をよぎり、ふと思い付いた。
「そうだ。私、今、ちょっとした悩み事を抱えていて」
「何なに? 人生相談?」
「ちょっと、ううん、だいぶ違う。実は――」
事情をざっと説明する。クラスメートの男子が小説を書いていて、その子から推理物の原稿を途中まで渡され、どんなオチが待ち受けているかを予想してみてと頼まれた、と。
「それで読み終えたんだけど、予想も何もさっぱり思い付かなくて」
「ふうん。もしかして、私にも考えてみて欲しいってこと?」
「うんうん。私がだめでも、私の幼馴染みは予想が付いたぞ!って、原稿を返すときに言いたい」
「ふふ。答を見付けられるかどうかも分からないけれども、それよりも何よりも、朝倉さんは自分の手柄にしなくていいの? その男子にライバル意識を燃やしているみたいよね」
「ライバル? うーん、言われてみればだけど、確かに美波君には負けたくないかな。あ、美波君ていうのがその男子の名前」
「朝倉さんに美波君か」
ちょっと面白そうに呟いた不知火さん。私は気に留めず、言葉を続けた。
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