第4話 もう一人の幼馴染み
翌日の水曜日、学校に着くなり、美波君の姿を探した。事後承諾っていうのになるけど、それでもやっぱり、原稿を他の人に見せる許可は取っておこうと思って。
「おっ。もう見当が付いたとか? 短い作品とは言え、さすがに、こんだけ早く当てられていたら悔しいな」
探している私の態度を見て、彼がそんな判断をするのは無理からぬところ。
「違う違う。予想の方は、まだほとんど進んでない」
「なんだ」
ほっと息をつき、次いでじろりとこちらを見つめてくる。安堵と訝しさがいっぺんに来た様子。
「じゃ、何の用? デートに誘ってくれるとか?」
「違うっ」
「そんな思い切り強く否定しなくても。お茶目なジョークを口にしただけなのに」
「いいえ、こういうことはきっぱり言っておかないと。馴れ合いはよくない」
「馴れ合い?」
「あんまり仲よくなると、書いた小説に批判的な意見を出せなくなるかもしれない、でしょ」
「あー、そういう意味か。僕の理想を言えば、普段は仲がよくても、批評は別。言いたいことが言える仲でありたいな」
邪気に乏しい、純粋な眼を向けてくる美波君。本気で言っているのは分かるんだけど、知らない人が聞いたら、色々と誤解されそうな要素を含んでいるのが困る。
美波君は勉強ができて、見目もよいから、女子から割ともてる。ただし、彼と弾んだトークをするのは大変だ。話題の中心がミステリに関係することで埋め尽くされており、しかもその他の話題がほぼないため、一定ライン以上のミステリ知識がない人は置いてけぼりを食らう。すでにその性質が知れ渡っているため、実際にアプローチしてくる女子は少ない、というかここ最近はとんと見ない。だからといって、私と美波君とができあがったカップルのように見なされるのは、ちょっと避けたい。もちろん美波君とは気が合うけれども、私だってもっと多くの人と親しくなって、色んなことを知りたいのだ。
「で、話を戻すけど……」
用件を告げ、あとからになったけれどもいいかしらとお伺いを立てる。
「別にかまわないよ。その相手って、前から時々、朝倉さんの話に出て来る幼馴染みの不知火さん?」
「あ、うん、そう。どうして分かったのよ」
「話の節々に現れているというか。久々に直接会えた友達というと、真っ先に」
それもそうか。不知火さんが推理小説やロジックの遊びが好きな人だという話を、美波君にもよくしている。
「一度は会ってみたいなと思っていたところだし、できることなら直接顔を合わせて、感想を聞きたいね」
前向きな返事が聞けて嬉しくなった。それに、会ってみたいというのは聞き捨てならない。私自身、不知火さんと美波君をいつか引き合わせようと考えていたんだもの。
「そういうことなら、明日、また会う約束をしたのだけれど、来る?」
「明日かあ。木曜は習い事があるんだよ」
「あ、言ってたわね。ごめん、忘れてた」
頭を下げ、「じゃあ、別の機会を見付けないと」と呟く。
「無理してまで、席を設けなくていいよ。だいぶ先の話になるけれども、学園祭に来てもらうとかでも充分」
いい考えだと思う反面、先過ぎるな~とも思った。
「宴会でもするのか?」
突然、第三の声が割って入ってきた。聞こえて来た方向は私の背後だけれども、振り返らなくても分かる。
「ホーライハカセ、そういう意味じゃないよ。席を設けるって」
私の頭越しに視線を斜め上に向け、美波君が言った。
ホーライハカセ――
ホーライハカセとはもちろんニックネームで、名前をそれぞれ別の読み方にしただけという手軽さなんだけど、当人は気に入っているみたいなので、みんな使っている。物知りだしね。ただ、“ホーライハカセ”だとちょっと長いので、“ホーライ君”と呼ぶ場合もしょっちゅう。
ホーライ君もまた推理物が好きな口で、だから私だけじゃなく美波君とも親密だ。同好の志ではあるけれども、私達と大きく異なるのは、ホーライ君の夢は名探偵になることだという点。小学生の頃にジュブナイルのミステリを読んではまったとかで、以来ずっと、それこそ今でも名探偵になりたいと願っているみたい。
まあ、私も美波君も、名探偵という存在に対する憧れみたいなものは持っているし、できれば一度くらい、神のごとき名推理で難事件の真相を突き止めてみたいなと夢想することもある。でもなりたい職業じゃないんだよね。
「なーんだ、宴会ならぜひ僕も参加をと、飛んできたのに」
「それだけ地獄耳の持ち主なら、会話の最初っから聞いてたんじゃないのー?」
呆れ口調になるのを自覚しつつ、私はずけずけと言った。ホーライ君に、気分を害した様子はない。
「いや、まじで聞こえていない。おまえらと違って、次のコマの準備に手間取ってさ」
「準備が終わった途端、宴会を思い描く辺り、どうなのと思う」
「細かいことをあげつらって、僕の性格を云々するのは感心しない……って、時間がない、何の話をしてたんだ?」
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