第5話 始業ベルまでの探偵雑談

「……それだけ食い付くってことは、部分的に聞かれていたように思えてならないんだけど。言ってみれば、ホーライハカセの大好きな謎解きの話だから」

「おう。そりゃ興味深い。ぜひ聞きたいね」

「現実に起きた事件じゃなく、僕が書いた小説の話なんだけど」

「なーんだ」

 美波君が言うのへ、あからさまにがっかりしてみせるホーライ君。興味好奇心という塊が、蜘蛛の子を散らすかのごとくちりぢりばらばらになっていく、そんな感じ。

 実は、二人の“対決”は現在、一勝一敗の五分。一年生のときに、美波君が書いた物があると知らされたホーライ君は、ネット上で読んで、真相を割と簡単に見破った。「楽勝楽勝、所詮作りものの謎なんて、目じゃないな」ってな風に、勝ち誇っていたのを覚えている。

 その二ヶ月後だったか三ヶ月後だったか、美波君が新たに書き上げた物でリベンジを期してきた。今度もホーライ君の解答は早かったが、間違っていた。美波君が仕込んだ偽の真相に食い付いてしまい、その裏にあるシン・真相を見抜けなかったのだ。ホーライ君はぐうの音も出なかった……訳ではなく、読み返しては何だかんだと細かな点をあげつらっていたけれども、完全に負け惜しみだったわね。

 以来、対決は途絶え、一勝一敗のまま決着をみることなく、今に至る。主な原因はホーライ君が避けているせいなんだろうけど、美波君は人間ができているからか、決着を執拗に迫ることなく、よかったら読んでみて的なスタンスを維持している。

「推理小説のキャラクターで、テキストの事件を解けない名探偵なんて、さして珍しくもあるまい。詳しくはないが、推理劇の犯人を当て損なったり、子供だましのクイズに引っ掛かったりした著名な名探偵キャラがいたはずだ」

「ホーライハカセ……その言い種、まるで陸スキーヤーだよ」

「む?」

「『ここに雪があったら、いや素晴らしいゲレンデがあったら、俺の格好いい滑りを披露できるのに、実際はないんだから仕方がない、ああ残念』て言ってる、格好だけのスキーヤー」

「それをいうなら、陸サーファーじゃないか? まあ意味は通じるからいいけどな。で、何か? 僕は身近なところで大事件が起きないのをいいことに、名探偵ぶっているだけだと?」

「はっきり言っていいのなら」

「心外だな。前に話したはずだよ、朝倉さん。僕が中学のとき、実際に起きた事件を解き明かしたと」

「もちろん、覚えていますとも。けれど、伝聞だもの。同じ中学じゃなかったから、作り話されてても分かんない」

 私は敢えて意地悪く言った。作り話だなんて、これっぽっちも思ってないんだけどね。何たって、ちゃんと新聞記事になっていたから。事件が起きたのは確実。一介の中学生が事件解決に大きく寄与したなんて話までは出て来ないから、ホーライ君が名探偵ぶりを発揮したかどうかまでは確証がないけれども、事件についてやたらと詳しいから多分、本当なんだろうと思う。

「ちくしょう。実力を発揮する機会さえあれば……って、これじゃ陸サーファーと変わらんな。かといって、本当に事件が起こってくれと加持祈祷する訳にもいくまい」

「気長に待つしかないんじゃない?」

 私は冗談込みの軽い口調で言った。

「物語に出て来る名探偵の多くは、事件を引き寄せる体質みたいだけど、現実世界でも待っていれば一つくらい、大事件が起きるって。ホーライ君がほんとの名探偵なら」

「そうだな。あくまでも平穏無事を願い、期待せずにいるとしよう」

 ホーライ君が言い終わると同時に、本鈴の音がスピーカーを通じて静かに流れた。会話に夢中になるあまり、予鈴を聞き逃がしたみたい。私達はすぐさまおしゃべりを切り上げ、それぞれの机に急ぐ。

 教室の扉ががらりと開き、遅れていた男子なんかがわらわらと入ってきた。「先生、早いー」なんて言いながら、当の先生の脇をすり抜けていく。

「ようし、みんな席に着いてー」



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