第7話 『誤解の勘定』――2

「とにかく案内するよ」

 照れを押し隠す風に早口で言うと、刈沖はきびすを返して進んで行く。途中、右手の奥、鉢植えの観葉植物に隠れる形でエレベーターらしき金属の扉が見えたが、通り過ぎてしまった。

「動いてないんだ。さすがにもったいなくてね」

 尋ねると、肩越しに振り返った刈沖は苦笑混じりに答えた。

「それでも電気をやれば動くんだろ? 家族に、介護が必要な者が出ても、とりあえず安心だ」

「一階フロアーだけで充分広いから、上を使う必要なんて本当はないんよ」

 冗談半分にうまく揶揄してやったつもりだったが、刈沖の切り返しも見事だった。

 ホールを奥まで進み左に折れると階段があった。デパートで見かけるような幅の広さを持つ、アイボリー調のステップ。光沢があることから、購入したあと塗り替えたのかもしれない。

「他の人と同様、二階の部屋を用意したよ」

「どこでもいいよ。ありがたく使わせてもらおう」

 私が素直に礼を述べたのとは好対照に、吉見は、

「いや、二階でよかった。あまり歩かされるのはつらいね」

 と、階段の手すりを愛おしげにさすった。

 二階に着くと、真鍮の古めかしい鍵を渡された。便宜上、階段に近い部屋から順に番号で呼んでいるそうで、我々に宛われたのは二号室と三号室。吉見と目で相談し、私が二号室、彼が三号室を選んだ。

「まあ、適当にくつろいでいてくれ。みんなが揃ったところで紹介するから」

「分かった。一号室には誰か入ってるのかい?」

 木肌色した戸を見つめながら聞いた。どの部屋も同じドア。と言うことは内装も同じなのだろう。

「ああ。男が一人。僕の義理の弟だ」

 刈沖は取り澄ました笑みを返してきた。


 テーブルの上には取り寄せたパーティ料理が所狭しと並べられていた。

 昼食の席が紹介の場となった。たった七名で旅館の食堂をそのまま使うだけに、広々として開放感がある。

「初めまして」

 刈沖のよき人の名は早弥子、旧姓遠藤早弥子といった。籍は入れたが挙式はまだという。

 馴れ初めは、旅行代理店に勤めていた彼女に、まだ駆け出しだった刈沖から声を掛けたとのこと。なけなしの金をはたいて取材旅行に出たら思わぬ拾いものをした、と言ったら怒らせてしまうだろうから口にしないでおく。

 刈沖は背こそ高いとは言えないが、スポーツ万能タイプであるし、何と言っても爽やかな笑顔を自然に作れる二枚目だ。私なんぞ、こしらえもののような笑みしか見せられない。年がら年中トリックや犯罪のプロットに頭を悩ませているせいかもしれない。

「よろしくお願いします。あの……私はほとんど小説を読まないものですから、失礼とは存じ上げますが、どのような」

 早弥子さんは申し訳なげに目を伏せ、それから質問してきた。社交辞令には違いないが、気分は悪くない。心地よい微笑みを作る人だ。

 私は推理小説、吉見はSFと答えて、続ける。

「あなたのご主人が得意なジャンルに、ただいま浸食されてる立場です」

「そうなんですか? それはすみません」

 頭を深く下げられ、我々二人は苦笑せずにはおられなかった。

 そこへホラー作家――成功を収めた――の刈沖が助け船を出す。いや、婚約者に救いの手を差しのべるのだから、さしずめ白馬の王子か。

「何をやってるんだか。あることないこと吹き込まないでくれよ」

 刈沖のすぐ隣には、背の高い男が座っていた。顎髭を蓄えているが、発散する雰囲気は若い。

 そちらは?と聞くより先に、早弥子さんが反応をした。

「弟です」

「遠藤公夫と言います。えっと、お恥ずかしいんですが、無職。役者目指してアルバイトやってます」

「ほう、役者志望」

 フリーターなんて言わないところが気に入った。

「憧れの役者は誰だい?」

「ジャッキー=チェンですね。派手なアクションができて、その上で凄い演技もこなせる役者になりたい。まあ、夢ですけど」

 なるほど。遠藤の体格を見ると納得できる。外見だけで運動神経の善し悪しは判断できないが、胸板が厚く、筋肉もありそうだ。

 私達は刈沖へ目をやった。刈沖の作品は何度も映画化されている。その影響力をもってすれば遠藤を将来使うこともできるのではないか、とまで考えた。

 私と吉見も正式に自己紹介を済ませ、残りの面々の話に耳を傾ける。

 早弥子さんの友人という岸本秀美は住居斡旋業に携わっていると聞いた。眼鏡におかっぱの出で立ちはあか抜けないが、それを吹き飛ばすほどに明るく、甲斐甲斐しい。皆の小皿に料理を取り分けてくれたり、飲み物を注いでくれたり、果ては館の主が音頭取りをしやすいようにお膳立て。

 さぞかしいい奥さんになるだろうと考えていると、秀美さんは、

「私も作家の旦那さんを掴まえたいな」

 と発言し、私や吉見に流し目を送る。うーん、いい奥さんの素養は充分だが、付き合うのは多少ためらわれる。

「作家全員が、刈沖みたいに儲けてるなんて期待しちゃいけないよ」

 吉見が真実を語って、この場は切り抜けられた。

「最後は自分ですか」

 七人目は刈沖がデビュー以来親交のある編集者で、森川勝也というごま塩頭の人だった。ホラーとは縁のなさそうなふくよかな笑みを、絶やすことなく浮かべている。

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