第15話 顔合わせの約束

「……」

 こちらが喋り終わっても無言状態の美波君。変化したのは両目。若干、見開かれたような。

「ん? どうしたの?」

「……いやあ、こちらこそすげーなと思って。あ、言い間違えた。そちらこそ凄い」

「何なに? 動揺しちゃってる?」

「動揺とは違う。これは感動だ、多分」

 珍しく、拳を握って力説のポーズを取る美波君。彼にこんなことさせるなんて、やはり不知火さんはただ者じゃない。

「気付いてくれた人、初めてなんだ。その、ドラキュラネタ。尤も、読まれている数自体がそんなたいしたもんじゃないんだけどね。何にしても、分かってもらえてよかったって心地だよ」

「ふうん? 私なんか、どうしてお話の中で説明してくれないのって思っちゃうけど」

「うーん、端的に言い表すなら、格好付けたいのかもな。一から十まで全部を言葉で説明するのは野暮というか、粋でないという感覚が僕にはあるみたいなんだ。読者の人達に向けては、気付いた人だけのお楽しみと受け取ってもらえたらいいかなと」

「そういう考え方もあるのね。その上で、見付けてくれてありがとうって気分?」

「その通り。あのさ、そっちの紙の方も、もらえないかな」

 美波君が指差したのは、私が手に持っている不知火さんからの言伝メモだ。もちろん、喜んで渡した。それをまた美波君が心底嬉しそうに顔をほころばせて受け取るものから、つられて私もにまにましてしまった。

「いっそのこと、会いたくなったんじゃない?」

「そりゃまあ、興味ないと言ったら嘘になる。昔、朝倉さんに話を聞かされたときからそもそも気になっていたんだ。事件解決の実績もあるって言うし」

「そうそう。探偵としての主役は横川璃空という人で、不知火さんはそのサポートをしただけだって謙遜していたけれども」

「いやぁ、間違いなく謙遜だろう。これだけの推理力を見せつけられた身としては、そうじゃなきゃ困るなぁ」

 苦笑いを浮かべた彼に、私は改めて尋ねる。

「それで、ほんとに会いたいのなら、都合を聞いておくけれども?」

「あ、頼む、頼みます。僕の方が合わせるから、よほど無茶じゃない限り」

「分かったわ。先方も学校の勉強やら何やらで忙しい時期だとは思うんだけれども、多分大丈夫。――合うなら覚悟が必要かもね」

 ふと思い付いて、意地悪なことを言ってみる。

「覚悟って何だ」

「不知火さんのことだから、会う日が決まればそれまでにまたいくつかあなたの作品に目を通すと思うの。解決編を公開していない作品もあるでしょ? あれをあっさり正解されたりしてね」

「もう、そうなっても仕方ない。誰にも解けない犯人当ては決して傑作ではないというのが僕の持論」

 嘘か誠か、初耳の持論だ。ま、言わんとする意味は理解できるわよね。

「連絡を取る代わりにという訳ではないんだけど、私からも頼みがあるの。この解答を受け取るときに、おしゃべりをしていて出て来た話題に関連してのことなんだけど」

「何なりとどうぞ」

「美波君て、クラスが違うけれども、相羽あいば君とそこそこ親しいわよね」

「うん。お互いに趣味が近いから。ミステリだけじゃなく、マジックなんかも」

「相羽君の彼女って、今も芸能活動してるんだっけ」

「あー、そう聞いてる」

 よし、記憶に間違いはなかった。

「実は不知火さん、近い内に芸能界を舞台にした小説の執筆にチャレンジしてみたいと言っていてね。その話が出たときは私からは言わなかったんだけど、あとになって相羽君の彼女さんを思い出してさ」

「不知火さんのために、芸能界の取材をさせてあげようってか。朝倉さんも随分と不知火さんに入れ込んでいるというか、リスペクトしてるっていうか」

「取材までは頭になかったわよ。ネタになりそうな話を聞けたらな、ぐらいのレベル」

「うーん。僕もネタになるという意味では、知らない世界には一通り興味あるから、芸能界の話は聞きたいと思う。ただ、相羽君は自分の彼女に余計な仕事を増やさせたくない性分だよ、きっと。僕だって同じ立場なら、彼女をなるべく休ませたいと考えるだろうな」

「気持ちは分かる。だから取材の許可をなんて言わないから、話を聞くだけでも……」

 柄じゃないけど、両手を合わせてお願いのポーズを取る。すると案外効果があったらしくて、美波君は唇を結んだ。そうして、不満はやや残っている様子だけれども、「分かったよ」と返事してくれた。

「相羽君に話だけは通しておく。あとは相手次第。いいね?」

「ありがと。それで充分だよー」

 美波君の両手を、こちらも両手で握って、感謝のお礼。でも美波君は「まだ成功した訳じゃないって」と手を引っ込めた。

「だいたいさ、朝倉さん自身が相羽君の彼女に頼もうと思わなかったの? 聞いた話だと、頼めばよほどのことでない限り応じてくれるって噂だ」

「知ってる。そしてそれをすると、相羽君が不機嫌になるっていう話、聞いたことない? 後々も良好な関係を続けられるようにするには、ハードルが高そうでも相羽君を経由するしかないの」

「……策士だな、意外と」

「ちょっと失礼ね。人の和を考えている、とでも言って欲しい」

 冗談半分に胸を張る私に、美波君は意地悪く笑った。

「よし。次からは他人の目がある場所でも、“人の輪を考えている朝倉さん”と呼ぶとしよう」

 やめて。

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