第14話 不知火さんの実力
* *
「どうだった?」
多少の期待を込めて、美波君に尋ねた。少し前に、私と彼との間で原稿を交換し、読み始めた。美波君からは解決編に当たるパートをもらい、私は私自身の答と不知火さんから預かった解答とを合わせて渡した。言うまでもないけれども、私は不知火さんの解答に目を通してはいない。
自分の解答に自信はなかった。そして実際外れていたことを、たった今、確かめたところ。
自信が持てなかったのには理由がある。これまでに美波君がよく出して来ていた犯人当てや謎解きとは少し趣が違っていると感じたのが大きい。犯人当てなどは何を考えればいいのかがはっきりしているし、その手順も定石っていうのが一応あって、推理する筋道を見付け易い。
それらに対し、今度の出題は作中作が出て来るというこれまであまりなかったスタイルだった。さらに、作中作の作者が見切り発車して、どのように真相に辿り着くのか分かっていない、そもそも辿り着けるのかどうかすら確実ではないという設定とは、初めてだし面食らったわ。
もちろん、ほんとの作者である美波君が、作中人物の台詞を通して解けることを示唆しているのだから、普通の犯人当てと同様に考えて何ら問題ないのかもしれないけど……なーんか、調子くるっちゃった感じ。文章修行を中断してまで、取り組んでみたけれども、これっていうポイントを見付けられないまま“締め切り日”を迎えてしまった。
自分が解けなかったからというのもあって、不知火さんがといていたのかどうか、凄く気になる。
「……」
美波君の最初の反応は、これだった。声の方は無言で、ただただ私の方をじっと見据えてくる。その眼は、驚きにちょっぴり疑いの目が混じっている、そんな風に思えた。唇を固く結んで、すぐにはしゃべり出しそうにない。雰囲気を感じ取り、私の方から再び口を開いた。
「もしかして当たってたの、不知火さんの解答?」
「うう……認めたくないけれども、返答はイエスだよ」
ようやく応じてくれた。ふふ、よほど自信があって、よほど悔しかったみたい。
「まず、念押ししておきたいんだけど、その不知火という人は、ヒントになるくだりを全然、まったく読んでいないんだよね?」
「ええ。読みようがないもん。渡してないんだから」
「うーん」
「それとも、私のことまで疑う? 私と不知火さんが幼馴染みのよしみで、グルになったとしたら――」
「いやいや、そこまでは言わない。だいたい、ヒントを読んだからって絶対確実に解けるという作りじゃないんだし」
腕組みをする美波君。片手には、不知火さんからの解答文が握られていた。
「完膚なきまでにやられたよ。こちらが用意していた手掛かりをきちんと拾って、推理を組み立てている」
「へえ~。見ていい?」
「あ、うん、まあしょうがない。何よりも堪えたのは、解答のあとに続いて書かれた補足なんだ」
「補足?」
解答文を受け取ってから、おうむ返しに呟くと、私は思わず首を傾げた。気になったので、該当の箇所らしき文に先に目を走らせる。
「えっと、これかな? 『タイトルはお見事でした。あとになって読み返し、「誤解の勘定」とはよく付けたものだと感心させられました。ごかいはごかいでも、“五階の勘定”だったのですね?』……あっ、そっか」
すでに解答編を読み終えていたからこそ、ぴんと来た。五階まで階段を登るときのカウント――なるほど、言われてみれば作品のポイントはタイトルに示されていたんだ。このタイトルの方がよほど大きなヒントと言えるかもしれない。
「すごい、私は全然気付かなかったわよ」
「その言い方だと、賞賛の半分は不知火さんに向けたものになるな」
自嘲気味に笑うと、美波君は肩をすくめた。気取っちゃってる。でも、内心のショックは結構大きいんじゃないかしら。
そんなところへ追い打ちを掛けることになるかもしれないけれど……私は不知火さんから別の言伝を預かっていることを思い出していた。
「賞賛と言えば、なんだけど、不知火さんてばわざわざネットで探して、読んでくれたみたいよ」
「何を」
「美波君の他の作品。ペンネームが分かったから、ちょっと検索すれば見付かったって」
「ああ、そういう……。で、何が『賞賛と言えば』になるのさ」
「別の作品を読んで、やっぱり感心してた。伝えて欲しいって言われているの」
「なんていうタイトル?」
「『一八八八年、倫敦を旅した男』よ」
私もとうの昔に読了済みで、それなりに面白かったと記憶している。現代日本から一八八八年のロンドンにタイムトラベルした主人公が、大きな屋敷で起きた密室の殺人事件に巻き込まれ、現地の探偵と協力して真相を解明していく。ネタばらしになるけれども、最大の謎だった難攻不落の密室が、実は主人公と同じく未来から来た人間Aが、タイムマシンを悪用して密室内を出入りしていたという種明かしで、ちょっとがっかりしたのも事実。
「あのSFミステリのどこを褒めてくれたのかな」
まだ引きずっているのか、やや投げやりな口調で美波君。もう、らしくないわよ。
私は言伝のためのメモ書きを取り出し、目をやりながら答えることにした。何しろ、そこそこ長文なのよね、これ。
「犯人を示唆する手掛かりについて、だって。『主人公と会って間もない時点で、コウモリの群れに出くわすシーンでのことです。あそこでのAの台詞に『まるでドラキュラだ』というのがありました。あれはAがタイムトラベラーであることを示唆するフレーズだったんですね。作中で説明はありませんでしたが、ドラキュラが吸血鬼の代名詞になるのは少なくともブラム・ストーカー作の『吸血鬼ドラキュラ』が世に出た以降でなければなりません。調べてみると、小説『吸血鬼ドラキュラ』が出版されたのは一八九七年とのこと。翻って、御作の舞台の年代が題名にある通り、一八八八年であるなら、『吸血鬼ドラキュラ』は世にまだ出ていない時代になります。その時代の人が、吸血鬼の代わりにドラキュラと口にするのはあり得ない。にもかかわらず、チスイコウモリを表すのにドラキュラと口走ったのなら、その人物はタイムトラベラーである可能性が生じます。まったくもって素晴らしい手掛かりでした。また、そのことを誇るでなし、読者に説明しない点に美波様の作者としての美学、矜恃が現れているかのようで、大変好ましく思います。これからも素敵な物語を読ませてください』以上、はあ、長かった」
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