第20話 幼馴染み
* *
ある休日の昼下がり。私は駅へと急いでいた。
これから、不知火さんと美波君の初顔合わせだ。
みんな、食事は家で済ませて、お茶しながら話そうという段取りになっている。
ちなみに、相羽君並びにその彼女さん――涼原さんへのお願いは、割と早い段階でOKをもらっていたのだけれども、時間を充分取れる日が近々にはないとの事情が涼原さんにあり、日を改めて決めようという結論になった。もちろん、不知火さんと美波君との顔合わせまで先延ばしにする必要はないのだから、会える日にさっさと会っておこうという話になった次第よ。
待ち合わせ場所はターミナル駅の東口改札外。まずは私と美波君が最寄り駅で合流して、一緒にターミナル駅へ向かう。
「ちょっとしたデートみたいだな」
プラットフォームで列車を待っている間、珍しくも美波君の方からそんな冗談が出た。驚いた私が見返すのを気にする様子もなく、美波君はちょうど入って来て停まった車輌に乗り込んで行く。急いで続いた。
時間帯のせいか、車内は閑散としていて、好きなところに座れる。私と美波君は四人掛けのボックス席に、対角線の位置に収まった。
「実は、会うと決めた日から、新作に取り掛かって、不知火さんに挑戦状を叩き付けようかと思っていたんだ」
「え?」
また戸惑わされる。だって美波君、新しく作品を書いている気配、微塵もなかったんだから。加えて、今日、原稿の類を持っている様子もない。まあ作品のデータを小さな記録媒体に入れている可能性は否定できないけれども。
「完成した……?」
「ううん。途中でやめた。時間がそんなになかったし、もっと気になることができたんで」
「へえ? もっと気になることって何よそれ。教えて」
「きっかけは君のお願いにあったんだ、朝倉さん」
「はい?」
「相羽君につなぎを取るっていうあれ。僕は素直だから、じきに会って、彼に用件を伝えたんだ。で、それなりに久しぶりだったんで、他にも話が盛り上がってさ。マジックやミステリについて結構話し込んだんだ。特に面白かったのが、相羽のやつ――」
急に君付けじゃなくなったので、おや?と思わせる。ふと見ると、美波君は口元に片手の甲を当てて、苦笑いを堪えている風だった。
「な、何よ。早く続きを話して、気になる」
「あんまり大きな声では言えないから、気を付けないと。つまりだ、相羽君は少し前に電車に乗っていた際、痴漢の容疑を掛けられたらしい」
「ち――?」
全然予想外の話に、私は恐らく目を白黒させていたかもしれない。あるいは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情かしら。
痴漢の話が予想外な上に、相羽君がそんなことをするなんて絶対にないと思えるだけに、びっくりの度合いが大きかった。
「相羽の名誉のために先に断っておくと、冤罪も冤罪だった」
「気の毒な……。どうしてまたそんなことに巻き込まれたのよ……」
「経緯を話してもいいんだが長くなる。今僕が言いたいことと直接の関係はないので、後回しにするよ」
よく分からないけれども、美波君には彼なりの段取りがある様子。私は黙ってうなずいた。
「冤罪だと証言をしてくれた人がいて、名前は舘山璃空という女性だったそうだ」
「タテヤマ、リク」
頭の中でどんな感じなのか、いくつか当ててみた。リク……りく?
「話の流れで、その女性は旧姓についても言及していて、ほぼ間違いなく“横川”みたいなんだな」
「……つまり……よこかわりくさん」
「そうなる。相羽君の口からこの名前を聞いて、少し驚いたね。いや、最初は記憶の片隅に引っ掛かったという程度だったんだけど、じきに思い出せた。横川璃空という名前なら、朝倉さんからも聞いたことがあるぞと」
「う、うん」
「璃空という名前は比較的珍しいと言える。二人の話にそれぞれ出て来た横川璃空さんが同一人物だと考えてもいいのではないか、と僕は思ったね」
「そ、そう?」
「当然じゃないか。相羽君の言った横川璃空は、相羽君が普段利用している路線に乗っていた。一方、君の話に出た横川璃空は、不知火さんと同じ部に所属する人で、不知火さんと朝倉さんがしょっちゅう会える関係なら、横川璃空さんもこの近辺に住んでいると見なしてもさほど無理はないだろ?」
「そうなるわね」
「さて、ここで不思議だなと感じることがある。まず、横川璃空さんが結婚して、名字が変わっていること。さらに、僕が相羽君から聞いた話では、横川璃空さんはおばあさんと呼んでもいいくらいの年齢だというんだ。翻って朝倉さん、君は不知火さんをどう言い表していたか? 幼馴染みと言っていたよね? だから僕は無条件で、不知火さんも高校生だと思っていた、思い込んでいた」
「――あーあ、ばれちゃったか」
私は肩の高さで降参のポーズを取った。同時に、舌先をちらっと覗かせもしたが、さすがに気恥ずかしくなって、すぐに引っ込めた。
「と言うからには、横川璃空さんだけでなく、これから会いに行く不知火さんも、僕らよりずっと年上の女性なんだ?」
「ええ、そうよ。大当たり」
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