第21話 名探偵の物語は世代を超えて連綿と
「道理で」
美波君は何故かほっとしたように表情を緩め、身体を背もたれに預けた。
「人生経験が豊富なら、それだけ読書量が多く、知識も蓄積されている可能性がある。つり、謎解きに強くてもおかしくない。同年代の人にすらすらと解かれたんじゃないと分かっただけで、だいぶ救われた」
「そんなに気にしてたの? なんか、ごめん」
私はちょっとしたいたずらのつもりで黙っていただけだった。今日、不知火さんと顔を合わせてから種明かしをして、何なら美波君にも喜んで欲しかったくらい。
「謝らなくていいよ。ただ、どうして幼馴染みだなんて言い方したのさ?」
「その点に関しては、嘘をついてはいません」
肝となる言い回しに触れられ、私は敬礼の仕種をしつつ、堂々と答えた。嬉しくなっていて、自然と笑みが浮かぶよう。
「幼馴染みの定義って分かる?」
私からの質問に美波君は虚を突かれたみたいに口をぽかんとさせた。が、すぐに閉じると、少々考え、「幼い頃からの親しい知り合い、ぐらいかな」と返事した。
「うん、私もちょっと辞書で調べてみたんだけど、だいたいそんな感じよね。それで私、気が付いたの。幼馴染みの定義って、お互いのことには何ら言及してないんじゃない?って」
「お互いの……?」
首を傾げる美波君。私は得意になって続けた。
「言い換えると、二人がともに幼い頃からの知り合いである必要はない、と読み取れるの。だから、いくら年の差が離れていようとも、私から見て、不知火さんは幼馴染みなのダ。どう?」
「……やられた」
美波君は携帯端末をいじって、画面をしばらく見つめてからそう答えた。多分、ネット上か内蔵の辞書を使って、単語の意味を確認していたに違いない。
「ふー、確かに朝倉さん、君が幼い頃にその不知火さんと親しくしていたのなら、紛れもなく幼馴染みだ」
「ああ、よかった。認めてくれて」
思わず両手を合わせた。文章修行の過程で、何の気なしに調べたことから思い付いたネタ、叙述トリックだったので、美波君に認めてもらえるかどうか多少不安だったのよね。
「でも、うろ覚えだけど、不知火さんは学校に通っているとか勉強しているとか言っていたような……あ、老人大学か何かか」
「当たり。ちょうど今、不知火さんは高齢者向けの市民講座をいくつか受けていて、学生と表現しても嘘じゃなくなるんだよね」
「遺漏はないってか」
「たまたまタイミングがよかっただけなんだけどね。それよりも、不知火さんと会う前に勘付かれるんじゃないかしらって、心配で心配で」
「そこまで心配する要素があったかなあ? 僕自身、朝倉さんの仕掛けの核心に迫った覚えは皆無」
訝る美波君に、私は無言のまま一度首を横に振り、改めて説明をする。
「すでに一度、同じことを試しているも同然だと思ったからよ」
「同じっていうのは、充分に年上の人を幼馴染みと表現することだよね? そんなことあったっけか」
「美波君の前で幼馴染みという言い回しは使わなかったと思う。文章修行中にちょっと書いてみたから、あとで見せてもいいわ」
「君が昔から知り合いの大人っていうと――もしかして、推理物研究会の顧問のことか!」
「うん、ホーライ博士よ」
宝来博士は我が校の教師、もっと言えば私達のクラス担任だ。昔からの知り合いであるよしみで、推理物研究会の顧問を引き受けてももらい、ほんと助かっている。もちろん、ホーライ博士自身も中高生の自分から推理物・探偵物が好きで、名探偵にも憧れているくらいだから喜んで引き受けたに決まってるわよね。唯一、不満があるとしたら、我が校や推理物研究会の周辺では、実際に事件が起きることはまずなくて、探偵として活躍のしようがない点ぐらいじゃないかな。ホーライ博士、中学から高校にかけて依頼をばんばんこなし、実際の刑事事件の解決にも貢献したことがあるそうだから。
「なるほどねえ、ヒントは前例という形で目の前に転がっていた訳だ。ぎりぎりまで気付かないとは、迂闊だったな。――あ、そうだ」
「どうかした? その目は何か思い付いたみたいだけど」
「いっそ、ホーライ博士にも来てもらえばよかったなって。言わば、実績のある名探偵の共演だ」
「名探偵が二人も揃うと、確実に事件が起きそうだわ」
私が非難めかして言うのへ、美波君は「傍観者としてなら一度ぐらい経験しても」などと悪乗りし始めた。たとえ興味関心があったとしても、積極的に関わるようなものじゃないでしょ。この話題はもうやめた方がよさそう。
「言っておくけど、不知火さんはおふざけには冷たい反応を返す人だからね」
「はいはい。気を付けます」
それから少しして、目的地に到着した。乗ってきた列車の終点ではないのだけれど、さすがに乗り降りする人が多い。プラットフォームに降りてからも、行き交う人々の間をすり抜けるようにして進まなければならなかった――美波君に手を引かれて。
東口の改札が見える幅広の階段のところまで来ると、すぐに分かった。改札機のこっち側、大きな四角柱の柱を背に、不知火さんが立っている。その傍らには……男性?
「あそこにいるのが不知火さんなんだ?」
私の視線の行き先で察しを付けたのだろう、美波君が言う。
「一人で来るのかと思っていたけど、付き添いっぽい人がいるね」
「ええ」
前に会ったときから、不知火さんは足腰に少し不安が生じていた。今日も一人で来てもらうのはどうなんだろうと内心、気になっていたのだけれど、付き添ってくれる男の人がいたのなら心配することなかったかな。
ただ、その男性も背筋をぴんと伸ばして頑健そうではあるけれども、決して若くはなく、年齢は不知火さんとほとんど変わりがないように見える。もしかしたら旦那さん? でも名字は変わってないし、結婚経験はないと昔聞いたような。
とにもかくにも、これ以上待たせるのは気が引ける。足元や周囲に充分注意を払いつつ、小走りになった。距離が十メートルを切った辺りで、不知火さんの方も気付いてくれた。
「待たせてしまって、ごめん、不知火さん」
真っ先に言って頭を下げる。美波君も続いた。
「とんでもない。早く来てしまっただけよ。それよりも一つお願いがあるのだけれど、今日の“お茶会”、一人増えてもいいかしら?」
「と言うと」
当然ながら、隣に立つ男性に目が向く。静かに目礼されたので、とりあえず同じように返した。
「まずは紹介をし合わなきゃね」
不知火さんが音頭を取り、私を紹介したあと、初対面の美波君は自己紹介。そうしてようやくくだんの男性が口を開いた。
「初めまして。**ヤマ
柔和な笑みに優しげな声だった。ただ、ボリュームは控えめ。ちょうど流れて来た駅のアナウンスと被り、名字の最初が聞き取れなかった。聞き返そうとしたのだけれども、男性の話が続きそうなので、ひとまず遠慮しておく。
ところが、男性の話を不知火さんが遮り、代わりに喋り出してしまった。
「彼は高校の時の一年後輩で、推理研のメンバーでもあったの。在学中は会のワトソン役――記述者をずっとやっていてね。璃空や私の活躍を記録してくれたの。奥ゆかしいのか文中に自分の名は一切出さないし、原稿に署名もしないから、璃空なんて彼の名前をしょっちゅう忘れていたわ。でも今なら覚えているはず」
「はず、は酷いですよ、不知火さん」
苦笑いをする付き添い男性。顔のしわがいい感じにくっきりした。
「いくら璃空さんでも、結婚しておいて名字を忘れるなんてあり得ません」
そっか。私は理解した。
女子高校生名探偵の横川璃空は、ワトソン役――舘山和人さんと結ばれていたのね。
おわり
学園ミステリと若き探偵は永遠に 小石原淳 @koIshiara-Jun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます