第12話 『誤解の勘定』――7

「協力者って、誰だ? あそこに暮らすのは、刈沖と早弥子の二人だけで、あとはたまに遠藤が訪れる程度だと聞いてる」

「ここで別の角度から見てみよう。一人だけ特殊なアリバイの持ち主であることには気付いているだろうね?」

 立てた人差し指を傾け、質問する地天馬。これは質問と言うよりも、波に乗って喋るために合いの手がほしいに違いない。

「そうだな。自分はアリバイがないから特殊と言えば特殊だが……もう一人、刈沖だって特殊だ。他の四人が証人あってのアリバイであるのに対し、刈沖だけはいわば位置的、地理的なアリバイ」

「それが刈沖を疑う一点目。もう一点は、物音だ。上の方から聞こえた激しい物音。あのとき、音を立てられる状況にあったのは誰か。麻雀をやっていた四人には無理だろう。テグスを張り渡していたなんて可能性は非現実的、無視しよう。料理していた二人は、岸本秀美が早弥子をかばっている場合のみ、可能のようだが、時間的にきついのも確かだね。早弥子が階上で音を立てて、急いで下りてきたとしても、様子を見に行く君や吉見と鉢合わせしたと思われる」

「それでは、音を立てた人物に当てはまる者が誰もいなくなってしまう」

「刈沖が残っているじゃないか。物音がしたとき、外に出ていたという言葉を疑うんだよ」

「ええ? だが、刈沖の言葉通りでないとしたら、彼が階下に下りる手段がなくなる。僕と吉見の二人が四階だか五階だかに着いてから以降は、人目に付かず階段を使うなんてできない」

「その議論はあとだ。以上の二点から、刈沖が偽のプレートを用意し、吉見に頼んで君を五階に連れて来させたと仮定するのはさほど無理がないだろう」

「そりゃまあ……他の登場人物に比べたら、という程度だが」

 口走ってから、私は咳払いをした。立て続けに三度。

 地天馬は意に介さぬ風で、原稿の端をテーブルの表面に当てて、リズムを取っている。

「そろそろ僕の考えを話そう。刈沖が吉見を殺し、君に罪を被せようとした。これが全てだ。動機は知らないがね」

「どうやって殺したんだ」

 ペンを走らせながら、私は急く心を抑えるのに苦労した。

「刈沖は吉見にあるいたずらを持ちかけた。想像するに、『僕が四階の書斎から消失し、階段を使えない状況の中、その直後に一階に現れたらみんな驚くと思うんだ。ぜひ協力してくれ』、こんな感じじゃなかったかな。吉見はいたずら好きのようだから、即座に承知したと思うね」

「あ、ああ。あり得るね」

「吉見が聞かされていた段取りを言うと……激しい物音がスタートの合図。吉見が先頭を切って異変を訴え、少なくとも誰か一人――と言っても早弥子や遠藤は除外だろうけど――を五階の偽書斎の前まで連れて来る。偽書斎の中に刈沖がいることを声で確認させたあと、鍵を取りにやらせる。その隙に刈沖は部屋を脱出、ある方法により一階へ先回りし、鍵を取りに行った人物を驚かせる」

「いたずらの流れは分かったが、二、三、理解できない。偽の書斎を用意する理由が不明だし、実際には刈沖の声なんて聞こえてこなかった。一階に先回り出来るある方法ってのも気になる」

「偽書斎を用意したのは、本当の書斎の窓を閉じた状態にしておきたかったからさ。あとで四階の書斎を調べられたとき、窓が閉じられており、内側から鍵が掛かっていれば疑いの目を払拭できる」

 大したことない口ぶりの地天馬。私は首を傾げるしかない。

「お待ちかねの先回りの方法を言おう。がっかりするなよ。窓を開けてそこから出て行くのさ」

 早口で言って、そのまま笑い飛ばす。私もつられて笑いそうになったが、理解はまだできていない。

「窓を開けて出る、だって? 四階、いや、五階だぜ? 下手すれば死んでしまう……ああ、ロープでも垂らしたんだな?」

「そんなことしたら、時間が掛かる。一瞬にして地上に降り立つ方法はただ一つ。飛び降りればいい」

「だから、死んでしまうって!」

 私がわめき立てるのがよほどおかしいらしい。地天馬は目を閉じ、眠りに就いたかのような心地よさそうな表情になった。

「緩衝マットを敷いていれば平気だ。消防などで使う穴あき救助マットとか、スタント撮影用の物があるだろう。あれを使ったんだ」

「む? そ、それは君の言う通りだろうけど……でも、そりゃないよ。どこからそんな物を調達したんだ」

「刈沖は映画業界にも人脈作ってるんだろ? ホラー小説を原作とした映画なら、スタントシーンもあるんじゃないか? 関係者に頼めば“新居”に運び込むことも可能だと思うね。それが無理だとしても、遠藤公夫の線がある。アクション俳優を目指す彼なら、スタントマン修行を積んでもおかしくない。刈沖が費用を出したとすれば、緩衝マットを入手できる立場にある」

 目を開け、リラックスした調子で指摘する地天馬。

「素人ができるものなのかねぇ……?」

 疑問を呈しつつも、内心では、若くて運動神経のよい刈沖ならちょっと訓練を積めばできることにしてもおかしくないと思った。

 案の定、地天馬もこの点を盾に、できると断定的に言った。

「使ったあとは一時的に隠し、警察に注目されない内に処分しなければいけない。それだけがネックだ」

「うーん、具体的に緩衝マットを想定した捜索ならともかく、漠然と探すのであれば注意を引かなくても不思議ではないかもしれないな」

 メモをした単語「緩衝マット」に、きつく丸を付けた。

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