第31話 決戦

「夢幻の策、竜虎左右豹の陣形!あた!」

 軍配を掲げたシュウが、最後の最後の策を発動しようとした時、声をあげた。

 振り返った彼の目、シュウを思わず見たモウ以下ショクの軍本陣の兵士にいたるまでの視線の先に、長剣を持ったジャックの姿があった。彼は、後ろからシュウの頭に長剣を叩きつけたのだ。上位魔族の筆頭クラスのシュウにはかすり傷しか負わせたられなかったが、少なくとも痛みの叫びをあげさせたのだ。唖然とする彼らの中で、彼は走り出し、ついでにショク皇帝モウの顔に長剣を叩きつけた。顔面、それも正面からだが、渾身の力を込めていたにもかかわらず、鼻血をださせた程度だった。

「えーと…とお~にかく、逃げ~る!」

と走り出した。ようやく我に返った将兵の中で、彼は逃げ回るしかなかった。

「ど、どうして、ここにいたんだよー!死にたくないよ~、誰か助けてー!」

 ショクは、ジャックが帰った10日後、行動を、侵攻を開始した。略奪系上位魔族種族の姿を露わにして、周辺の人間、亜人、魔族の諸国、諸部族を蹂躙していった。彼らと密通して、国を売った面々が彼らを迎えようとしている時ですら、半ばを血祭りにあげ、他を奴隷化して進んでいった。その前に、カント王子等が尽力してできた連合帝国の軍が勇者マリア達を先頭に対峙した。

 シュウの魔装甲騎兵、魔装甲魔獣、陣地に即変身する装甲馬車などと鉄条網も加えた塹壕、堀、土壁、櫓が構築された防御陣地網が対峙した。どちらも、陣地により、陣地の争奪戦で進んでいた。シュウは川には無数の壺を沈め、空き城の計などで混乱を招こうとしたが、ジャックやマリア達の事前偵察で察知され、ジャックの策で効果は発揮できなかった。

 結局、勇者マリア達と上位魔族竜騎兵族とのぶつかり合いが全てを決することになりつつあった。

 僅かに前進する左右陣地とモウのいる本陣まで迫る勇者マリア達を中心に、彼女らを支援する魔族・人間亜人の精鋭部隊。その精鋭部隊は迫りながらも、包囲されている状態でもあった。両者は必死に戦い合い、その均衡がどちらに有利な形で崩れるかが、全てを決することになっていた。

 シュウの巧みな采配は、マリア達を苦境に陥る方向に進むかのように思われかけた。

 が、乱戦の中、いつの間にかジャックは、モウの本陣に紛れ込んでいた。

「あ~、あそこにジャック君が!」

「わー、シュウの頭に剣を叩きつけている!」

「モウが血を流して!」

「敵は混乱しているわよ。でも、ジャック君が危ない!」

 マリア達が彼に気がついて叫んだ。

「ジャック君を助けるわよ!」

とハーモニーしたマリア達は、力倍増、一気に前に進み出した、死体の山をさらに積み重ねて。

「ジャック殿につづけ!」

「ジャック様を犬死にさせるな!」

「ジャック様を助けるのです!」

「勇者様と共に、ジャック様の元に!」

とキェルケゴール達が陣頭指揮でそれに続き、

「ジャック様、今行きます!」

と女騎士、聖女達が。

「ジャックだけに手柄をとらせないぞ!」

「私達もジャック君と共に勝利の名誉を!」

とディドロ、モンテスキュー達が。

「我らも続くぞ!ジャック殿の奮闘に答えるぞ!」

 カント王子達が命じた。

 本陣を混乱されながらも、シュウは必死に采配をふるい、何とか持ち堪えようとした。人間達連合軍の中から、この後に及んで裏切りが発生した。

「我が策なれり!」

とシュウは勝利を確信した。が、

「ジャック殿に救われた命、今こそ!」

「殿下!何所までもお供します!」

とその裏切りの中から、一部の軍が人間達連合軍の側に踏みとどまった。その彼らに、裏切りの軍は押し返されてしまった。

 さらに、

「ドラゴンの一部が…。」

 シュウは絶句した。

「ジャック殿の理想を信じましょう!」

 ドラゴンの一部族が、その女王に率いられて、人間連合軍に加わったのである。

「幻惑魔法の陣!」

 撤退の時間を稼ぐための策を、繰り出した。が、

「あ、これは、目をそらしていると見えてきますよ。」

といつの間にか戻ってきたジャックが叫んだ。

「さすがジャック君!行くぞー!」

 勇者マリア達の進撃は勢いを増して、止まらなくなった。

「義兄者。ここは、委せろ。いくぞ!」

「おう!下の義兄者。ミナまでいうな!」

とモウの名高い猛将の義弟達が、立ち向かったが、マリア達の敵ではなかった。

「この売女達が!」

と何とか罵れただけだった。

 勢いは止まらず、マリア達は、ついにモウ以下を殲滅してしまった。

「う、う~。ひ、卑怯者めー!貴様だけはー!」

 一人残ったシュウの体が光の塊になり、ジャックを巻き込んだ。

「ジャック様!」

 彼のそばにたまたまいた4人が、彼の盾になろうと飛び出し、一緒に巻き込まれた。

「ジャック君に何をする!」

 マリア達の怒りは、その光の塊を破壊したが、ジャックの姿は消えていた。

「奴は数千キロ離れた場所に飛ばした。そこで野垂れ死にするだろう。卑怯者の末路だ。」

 そこまで言ってシュウは、奇怪なドラゴンにも似た姿となって、死体と化した。モウ以下の死体も奇怪な、醜悪に近いドラゴンのような姿となっていた。男女を問わず。

 そして、ジャックに巻き込まれたと思われた女性達は、しばらくして彼、彼女らが消えた場所に現れた。ジャックはいなかった。

「ジャック君は何所よ~!」

 4人して涙目の勇者マリア達に迫られた6人も号泣しながら、

「ジャック様と共に飛ばされたのですがー…。」

「南の海の…下に海原が…ずっと続いて…。」

「遠くに大陸が見えてきて、そしたら…。」

「私達は、何故か引き戻され始めて~…。」

「必死にジャック様の手を握っていたのに、力及ばず…。」

「手が離れたと思ったら、あっというまに、ここまでー!」

 ジャックがいたら、

「いや、そんなことないって…。」

と言うところだったろうが、皇帝をはじめ、

「彼がいなくなっては、どうなのだろうか?」

と暗い雰囲気に、落ち込んでしまった。

「何を言っているんですか!ジャック殿が、今までやってきたことを無駄にするつもりですか?」

とカント王子。

「そ、そうです。ジャック殿は、この後のこともちゃんと、計画して下さっていました。それを無駄にしてはなりません!」

はヘーゲル王女。

 それでも、2人は真っ青になっていて、自分に鼓舞するようだった。“ま、まさか、子のことまで予測して、私達に託していたのか?”

 大々的なジャック捜索隊の創設が提案されたが、意外なことに、賢者のマリアがストップをかけた。

「私に考えがあるの。もっとよい方法があるかもと…。」

 他の3人のマリアが見つめる中、彼女は自信がないようではあったが、皆を納得させるものがあった。

「そうですね。今、ジャック殿の意志を守るのが私達の役目。」

「勇者様にお任せするのが、一番ですわ。」

 確かに、やることは多く、多分遠く離れた所への捜索隊の派遣は、あまり効果がないようにも思われたからだ。賢者のマリアも、そう考えてのことだが、本心では自信は全くなかった。

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