第2話 4人の勇者、マリア

 魔族🆚人間・亜人の戦いは、長い間続いてきた。が、この十数年で様相が一変した。所詮は、今まで戦ってきた、何とか一進一退ながらも、何とか優位を保ってこれたのは、人間達は知らなかったが、相手が高位の魔族ではなかったからだ。

 なぜ、彼らが今まで参戦しなかったのかということは不明だが、その力は絶大で、今までの数の優勢も、戦法もなにもかもが無意味になった。同時に活発化した魔獣の行動、数の増大もあって、至る所で、人間・亜人は大敗が続き、後がないように思えた。かつて勇者と名を馳せた、そのように名を馳せるだろう者達も、次々に倒れていった。中には、勇者故にわがまま、横暴を許されていた者達はいち早く逃げようとして、かえって惨めな死を遂げたが、大部分は使命感に燃えた者達であったから、皆を、民を助けようと先頭で奮戦し、倒れていった。

 しかし、神々は人間達を見捨てなかった。8年前、今までにない破格の力関係を持った4人の勇者が現れた。圧倒的な高位の魔族や強大な魔獣、ゴブリンなどの大軍を次々に倒し、村々を、町々を、

国々を、人々を救ったのだ。

 その勇者達の名、マリア、マリア、マリア、マリア…何故か全員マリアだった。それで、その得意とするところを取って、武装のマリア、賢者のマリア、聖女のマリア、格闘のマリアと呼ばれるようになった。ただ、あくまで、得意といっても彼女らの中ではのことであり、全ての点で彼女らの力は破格だった。

 だから、彼女らは全ての者の希望だったし、若者は男女共に彼女達に憧れた。ジャックもその一人だった。田舎の郷士の家に生まれ、武者修行と口減らしなどを兼ねて、冒険者として旅立った。そこそこの実績をあげた頃、旅にでて2年が過ぎた頃だった、ある都市で勇者チームが雑用係などを募集しているのを聞いて、当然のことながら応募した。採用されたのは、彼を含め数人だった。雑用係とはいえ、勇者チームに入るのは名誉であり、それに雑用係に甘んじるつもりはないというのは、彼も他の者達と同じだった。違ったのは、3か月もしないうちに、生き残ったのが彼、ジャックだけだったということである。その間も追加募集もしたから、10人が死に、数人が逃げ出した。理由は、勇者チームの戦いが過酷だったからだ、あまりにも。

「何もたもたしているのよ、ジャック!戦いの前の地形の確認は、重要だって分かっているでしょう!」

 武装のマリアは、急な坂道を足早に上りながら、叱咤した。彼女らは、単純に力に溺れて無茶をする訳ではなかった。

 長身で、見事な黒髪をたなびかせて、何の苦もなく悪路を進んでいた。しかも、彼女は重そうな斬馬刀を肩に軽々と担いでいた。彼女は、事前に戦い、仕事、任務の地の地図を入手し、よく把握し、かつ実際の場所を自分で確認することを常としていた。その地図や地図を補強する情報の入手の8割近くはジャックの仕事だった。

 彼女が、それをするのは、戦いを有利に、確実なものとするためだが、できるだけ損害、チームの犠牲を少なくするためだった。それは、他の3人のマリア達も、形は違っても、同じだった。

 栗色の髪を、長いツインテールのようにした賢者のマリアは、できる限り探索魔法を展開して、予想戦場を念入りに調べてから、現地に出向いて、細部を探索する。細部は、現地で再度探索魔法で探索しなければわからないことがあるからだ。また、目で見、耳で聞き、鼻で嗅ぐ必要がある。ジャックも同行するが、具体的な作業な多くは、彼がやっている。聖女のマリアは、事前の情報収集を行い、こちら側の補給路、敵側の補給路を実地に調べることを重視している。情報収集も、現地での確認作業も、やはり、彼がかなりの部分をやる羽目になっているが。格闘のマリアは、可能な限りの敵側の情報収集と実際の敵情の偵察、もしもの時の退路の確保、野営地の予定場所を現地に行って確認するのを常にしていた。こちらも、ジャックがやる仕事が多かった。

 全ては、味方の損害を少なくするためである。

「大丈夫、ジャック?」

 マリア、武装のマリアは、息を切らして血みどろになっているジャックのもとに駆けつけた。突然、ドラゴン、大きなやつが一匹、その他小さい奴が数匹来襲してきたのだ。すかさずマリアが迎え撃ったが、敵地に近く、相手に気取られては困るため、力を抑えて戦ったのが悪かった。小さな一匹が、すり抜けてジャックに襲いかかってしまったのだ。

 小型のドラゴンとは言っても、並みの戦士では、一人で太刀打ちできるものではない。“いつも、こうだ!”と思い、“まだ、死にたくない!”と思って必死に戦った。彼の攻撃魔法ではかすり傷を負わせるのが精一杯であり、彼の剣の一撃では、彼の剣は聖剣、下級のそれですらなかったから、かすり傷を負わせれば、御の字だった。結局、武装のマリアが駆けつけて、そのドラゴンを仕留めてくれたので、何とか助かったのだった。彼はかすり傷で、血の大部分は返り血だった。

「すまなかったな。しかし、小さいとはいえ、ドラゴンに負けなかったとは、大したもんだ。」

「倒したのは、勇者様ですよ。」

「何を言っている。私は、最後のとどめを撃っただけだ。お前が、やったんだ。怪我をしたか?手当をしてやろう。」

 武装のマリアは、すぐに応急処置をしてくれた。回復、治癒魔法は使わない、無駄に使いたくないのだ。もっと酷ければ、使っていただろうが。彼女達の回復、治癒魔法でジャックは、何度も命を救われている、それなしには今生きていないということは確かだ。しかし、それは彼だけのことではないし、彼が優先された訳ではない。現に今も、彼女は彼のために、回復魔法も治癒魔法も使わず、応急処置をするこを命じている。無駄に魔力の消耗は、少しでも避けているのだ。

 それに彼女たちは、決して自分の力を過信はしていない。常に、4人の連携を心がけているし、後方の確保や微力であっても支援、援護の大切さを知っている。彼女達でも順風満帆、連戦連勝、圧勝、余裕での勝利ばかりではなかった。それだけでなく、4人になる前には、もう最後と覚悟しなければならないという時もあったという。ジャックには信じられないことだったが。

 

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