第3話 それでも苛酷な戦い

 勇者様達、勇者マリア様達と共に戦うのは、彼女達が仲間思いであっても、危険がいっぱいだった。

「マ、マリア様!剣です!」

 ジャックは、武装のマリアに剣を渡した。彼女は、

「助かった!」

と言って、折れた聖剣を捨てて、彼の差し出した聖剣を持って、更に奥に進んで行った。

「危ない!」

 格闘のマリアの叫びに、振り下ろされた剣を受け止めた。白ゴブリンのメスだった。意外に可愛く見えて、小柄なのだが、でかい黒ゴブリンより力は強く、狡猾なのだ。魔界の活発化で、魔界から侵入してきた種で、在来のゴブリンを配下にするか絶滅させた、危険な連中である。すかさず斬り結び、一太刀いれたが、かすり傷を与えただけだった。

「私のジャックに何をする!」

 マリアの拳の一撃で、その白ゴブリンの頭が割れて、血を吹き出して倒れた。

「マリア様。これを。」

 彼は短剣、これも聖剣である、を手渡した。

「気をつけて。あ、それから、あ、あ、あれは、私達の雑用係のジャックに何をする、という意味だからね。」

 顔を、何故か真っ赤にしたマリアに、

「分かっていますよ。」

「それならいいんだ。」

と言って背を向けて駆けていった。

「油断できないな。」

 彼は、周囲を警戒した。誰も、彼を守ってはいない。

 ゴブリンの巣の掃蕩、これが今回の依頼だった。巣というより、地上部だけでも、かなりの砦で、地下部分は、その倍以上あり、更に、魔界からのゴブリンの最強種で、千匹をはるかに越すと思われたから、かなり危険な仕事だった。

「マリア様達も、戦いになると我を失うからな。」

 4人とも、目の色が変わる、戦いを楽しんでいると思えるくらいに。

「雑用係を守っていたら、こちらの身が危ないよ。」

「勇者様と共に戦ってこそ戦士だ!」

 名をあげたい、名誉を掴みたい、そのチャンスにしたい気持ちは、決して非難できるものでも、非難すべきものでもない。それが、女の子にチヤホヤされたいということが入っていてもだ。

「俺だって、同じだったからな。初めの一カ月間は…。」

 そう思いながら、時折襲い掛かってくるゴブリンを、何とかして撃退、倒しながら、退路を確保しながら、勇者様達が必要としているものを手渡しにいきながら、とにかく生きようと、もがいていた。

「もうだめだよ~。もう死にたい…。」

と心が折れ、しゃがみ込みそうになった時、おびただし返り血を浴びた勇者達、4人のマリアが、歩いて来た。その後に、ふらふらと、あるいは肩を貸しあいながら続いてくるのは、“ひい、ふう、みい…6人?”4人足りなかった。

「何処に行く?奴らは全滅させたはずだが、打ちもらしたのがいるかもしれないから危険だぞ。しかも、お前、疲れ切って、怪我もしているではないか?なおさら危ないぞ。」

 心配そうな顔で、賢者のマリアが言ったのは、ジャックがその4人を捜しに行こうと動いたからだった。

 彼女達、勇者達も疲れているし、6人の手当も必要である。何が起こるか分からないから、余力は残しておかねばならない。悪くすると、死体の回収になったとしても、ここはいったん休息なりを取るべきだった。“でも、後味が悪いんだよな。”今行けば、助けられるかもしれないと思ってしまった。

「仕方がないな。僕がついて行くよ。一人でも、多く一緒に帰りたいからね、僕も。」

 格闘のマリアが言うと、3人のマリア達も頷いた。少し、意味の分からない表情を見せたが。

「じゃあ、行くぞ!」

と言って、格闘のマリアが、ジャックの手を握って引っ張った。“柔らかい。良い気持ちだ。”と感じると、年甲斐もなく、恥ずかしくなり、赤くなっしまった。と、マリアも赤くなっていたが。残るマリア達の頬が心なし膨らんで居るように見えたが、ジャックは気づくことなく、格闘のマリアに引き摺られるようにして奥に入っていった。

 完全に、ゴブリンを全滅させてしまったようだった。中から、熱風が吹き出すような部屋もあった。

「全く、賢者は加減を知らない業火の魔法を放つもんだから…。」

 この部屋の周囲にいたら助からないだろうが、そういうことを気にするのを忘れるのが常だった、この魔法を使うときには。

 天井、壁が崩壊して、この下敷きになっていたら、というのは、ジャックの手を引きながら、周囲への警戒を怠りなく進む格闘のマリアがやったものである。彼女も、こういうことをする時、周囲の配慮のスイッチがオフになっているのである。

 マリアの探索魔法と捜し物をみつけるのが得意なジャックの協力で、4人は、比較的早く見つかった。ただし、二人は死体でだったが。幸い?なことに、ゴブリンに多勢に無勢で殺されたことが分かる状態だった。マリアの攻撃とその結果に巻き込まれたものではなかった、ジャックは少しホッとした。“あれでも、少しは周りを見ているんだよな。”と思った、いや、そう信じたかった。彼は、猫耳の女戦士とハーフエルフの女戦士を、一人をおんぶして、一人を脇に抱えて、ふらふらと、オーガの巨体の戦士と人間の巨漢の戦士、共に男の死体を軽々と担ぎ、足取りも軽く歩む格闘のマリアの後を懸命について行った。

「変な気起こしちゃ駄目だからね?」

「は?」

「一応、女だから…。」

「え?」

「な、なんでもないよ!」

 プイっと横を向くと、その後はひたすら歩き続ける格闘のマリアだった。

 死体にならなかったとはいえ、二人はほとんど瀕死の状態だったから、聖女のマリアの回復魔法で何とか一命を取り留めただけでなく、何とか動けるまでに回復した。ほぼ完全に回復させることもできたが、そこまでの魔力の消費を避けたのである。

 怪我人の手当、そして休息、食事の後、眠りについた。

 翌朝は、ゴブリンにさらわれてきていた者達の保護や持てるだけの戦利品の収集の後、帰路についた。

 戦いが終わってからものことの大部分は、ジャックの仕事だった。雑用係なのだから当然だった。疲れたが、疲れたというより、“生き延びた!””生きて帰れた!“という思いの方が、ジャツクは強かった。

「大丈夫か?苦しかったら言ってくれ。」

「無理をするな。後で酷くなるからな。」

「辛いなら、何時でも休憩を取るから。」

「いや、今すぐ休憩を取って、仮眠でも取れ。」

 勇者様達は、代わる代わる彼のそばに来て労りの言葉をかけた。言葉をかけるだけでなく、水や気付けの酒、果物、更には回復薬も手渡した。“ひいきされて…勇者様をどう騙して…。”“勇者様にまもってもらうだけの…。”視線が痛かった。

 勇者様と彼を除くと、歩くのが精一杯で、荷物などは驢馬にも乗せているが、ジャック一人で運んでいるし、かなり辛そうな二人の世話もしているのだから、勇者達が、彼も疲れ、怪我もしているのだから、心配して、気配りをするのは当然でもあった。彼が倒れたら、後は彼女ら自らがやらねばならなくなるからである。それに、彼以外は彼女らとは“同僚”というべきである戦士であるが、ジャックは彼女らの雑用係なのだ、彼女らに言わせると。だから、彼が彼女ら以外のチームのメンバーの世話をやくのは本来の仕事ではなく、彼らは彼に感謝すべきなのである。“純情な勇者達を、言いくるめやがって…。”ほとんどのチームのメンバーの心の声が、ジャックには聞こえてくるようだった。

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