第28話 攻勢
「お前との婚約は破棄だ!」
ミル王子は叫んだ。そして、呆然としている婚約者の公爵令嬢を、多数の臣下のいる前で斬り殺した。
「な、何を無体な!」
あまりのことに呆然としていた父の公爵が娘の体を抱き起こそうとした。その時、鼻に、王子が置いた香木のランプから放たれる香木の香りを感じた。その瞬間、自分の抱き上げている女の顔を見て、
「うわ!だ、誰だ?」
美しい金髪の娘とは、似ても似つかない女の顔がそこにあった。思わず、突き飛ばした。
「こ、これは!」
「こ、公爵、屋敷を出るとき…え…誰か見知らぬ女でも、屋敷の中にいなかったか?」
公爵の顔に、思い当たるというものを見た王子は、
「と、とにかく、お前の屋敷に行かねば。医者を呼べ、回復魔法士もだ!早く準備せよ、ことは急を要する!」
彼らが屋敷につくと、予定とは異なる主達の早い帰りに、屋敷の者達は大騒ぎとなった。
「すぐにお湯だ、清潔なタオルを!」
と叫ぶ王子が、半裸の女を抱きかかえているのを見て、それが自分の主の娘だと分かった侍女達は、さらに彼女が傷だらけなのが分かり、さらに驚いて、
「だ、誰が、お嬢様をこんな姿に!」
と怒り、涙を流して、お湯やタオルを持って駆け寄ろうとした。が、
「キャー。た、助けてー!ち、近づかないでー!殺さないでー、叩かないでー、殴らないで、蹴らないでー!虐めないで!」
と彼女は自分の侍女達を見て、恐怖の叫び声をあげて、婚約者のミル王子に抱きついた。
「どうしたのですか、これは?」
半狂乱状態のお嬢様を目の前にして、侍女達は唖然として主であり、彼女の両親である公爵夫妻に助けをもとめるように視線を向けた。
「む、娘はな…屋敷の外にいた、倒れていて…運良くすぐに見つけられて…。」
その、しどろもどろの説明が、すぐに続かなくなった。代わりに王子が、
「君達は、屋敷に勝手てに這入り込んでいた見知らぬ、醜い女を見つけた。それをたたきだそうと、彼女が暴れて抵抗するので、箒やモップや練り棒で叩き、足蹴にしたのではないか?男達も加わって、最終的に屋敷の外に叩き出した、そういうことがあっただろう?」
と問いかけた。
「は?」
誰もが、そのようなことがあったが、それがどうしたのですか?という顔だった。
「君たちが追い出した、その女が彼女だったんだよ。」
王子が厳かに言った。さらに、彼は皆の反論が出る前に、さらに続けた。
「君達が悪いのではないよ。君達には、そう見えていた、見えるようにされていたのだ。そして、勝手に上がり込んだ、醜い女を彼女と思い着飾らせて送り出し、本物の君達のお嬢様を瀕死の状態にしてたたき出してしまったのだよ。」
その間にも、回復術士と医者が応急手当を続けていた。彼らの方を、王子が見ると、彼らは頷いた。
「大丈夫ぶだからね…。僕の屋敷に行こうね。君をいじめる者は、そこにはいないからね。」
小さな子をあやすように宥めると、自分の婚約者をお姫様抱っこして立ち上がった。
侍女達が駆け寄ろうとしたすると、彼女は怯えて王子にすがりつくばかりだった。主の公爵は、侍女達に首を横に振るしかなかった。
「ショクの奴らめ~!ジャック殿からの忠告とこの香木の策がなかったら…。だ、大丈夫だよ。」
「本当?本当なのね?もう誰にも叩かれないのね?」
すっかり変わり果てた、気の強い自分の婚約者を宥めながら、
「ジャック殿…。」
と彼は呟いた。
その頃、別の国では、婚約者の王太子から、突然婚約を破棄され、冤罪をなすりつけられ、王宮から着の身着のままで追い出された公爵令嬢がいた。父母の公爵夫妻すら、彼女を救おうとはしなかった。
とぼとぼと、
「何がどうなっているのよ?」
と何度も呟き続ける彼女の前に馬車が突然止まり、ドアがアイテム、中から、
「早く入って!」
と聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声に引きずられるように、そのまま馬車にはいり、座席に彼女は座った。馬車は、すぐに動き出した。彼女の前には、若い黒髪の男が座っていた。“誰かしら?どこかであったことがあるかしら?見覚えがあるような…。”と考えていた彼女は香木の香りに気が付いた。
「え?王太子殿下?殿下ですよね?どうして?え?でもどうしてかすぐにわからなかったの?」
彼女は、見事な金髪をかき乱しなが、頭が混乱しているのを感じた。“王太子殿下は、私との婚約を破棄して、私に冤罪をかけて、私を追放処分にして…どうして、ここにいて私を助けて…もしかして、これは罠で、ここで私を…キャー!でも、そんな風には見えない…わよね?一体全体どういうこと?”その彼女をみて王太子は、ため息をついて、
「君が、僕だと思っていたのは、別人なんだ。みんな僕が分からなくなっているんだよ。君が僕が、誰か分かったのは、この香木の香りのおかげさまなんだ、ジャック殿から貰った。」
「え?それでは、あの王太子様は偽者?では、すぐに戻らなければ、国が乗っ取られてしまいますわ。」
「だめなんだ。さっき、みんなは僕が分からなくなったと言ったけど、正確ではなかったね。僕を敵、いや這入り込んできた不審者、いや浮浪者、それどころか野良犬くらいにしか見えないんだよ。危うく殺されかかったんだよ。何とか、この数人だけを香木の力で…。」
「こ、これから…?」
彼女は不安気に尋ねた。小娘のように震えていた。彼女自身、情けないけど、と思いながら。
「勇者マリア様達の下に。ジャック殿の忠告で、非常時の備えはしていた、この馬車と荷物はそれだよ。一旦は逃げるけど、国を取り戻す…。それで…、僕と一緒に…共に戦ってくれるかい?」
自信なげに尋ねた。“見通しもないし、怖がって、怯えているようだし…どこかで先立つものを渡して…あるいは信頼できる者に世話なり頼んで…。自分自身どうなるか分からないし…。”不安から同道巡りが心の中で始まっていたが、彼女は震えながらも、何とかしっかりした表情を見せて、
「共に行くにきまっているではありませんか?私は殿下の婚約者なんですよ!」
その目には涙さえ流れていた。
「あ、ありがとう。」
「で、殿下。」
王太子は、自分の婚約者を抱きしめた。彼女も王太子を抱きしめていた。
「兄上様!お気を確かに!」
ヘーゲル王女が、発煙筒のような物振り回すと広間全体が煙と香りが充満した。
「な、何を…え?何で婚約者の君がそんなところにいて、私の隣にいないのだ?え?私が腕を組んでいるのは…え?ひゃー!」
彼は、自分の隣にいる女、見知ら醜い女の顔を見て、驚いて突き飛ばすと、腰が抜けたように床に尻もちをついた。
「そ、その女…化け物を取り押さえなさい!いや、殺しなさい!」
ヘーゲル王女は叫んだ。その声で、我に返った衛兵達は、同様に我に帰って逃げ出そうとしている女を追った。
「兄上!大丈夫…。」
とヘーゲル王女が振り返ると、やはり腰を抜かしている王太子の婚約者が、互に何とかすりよっていたのだが、
「王太子様は、あんな女と真実の愛を見つけたと言って、私との婚約を破棄されて…。」
「だ、だから…私は正気ではなかったと…。」
拗ねる兄の婚約者と必死に弁解する兄、王太子の姿が目に入った。
「あれはですね…。」
とその姿に微笑ましいものを感じつつ、二人に説明しながらも、“ジャック殿に言われていたというのに…危ないところでしたわ。”と思い、冷や汗を流すヘーゲル王女だった。
さらに別の国では、その国の宰相が、
「陛下。ご決断、うれしく思います。陛下にとっても、国にとっても、臣民にとっても、この上ない幸運をもたらすことになりましょう。準備は整っております。ショク皇帝陛下からのお迎えも、お待ちになっています。さあ、お早く。」
と国王を促していた。白い長くのびた見事な髭の老王は、不安な面持ちながらも、威厳ある足取りでゆっくり歩んでいた。もう数メートルで迎えの馬車に、というところで、
「陛下。父上、お待ち下さい!」
「陛下。お行きになってはなりません!」
王太子とこの国の勇者が、叫んで追ってきた。
「だまらっしゃい!陛下のご意志である。無礼は許されませんぞ!下がられよ、王太子殿下でも、勇者様であっても許しませんぞ!」
小柄な宰相ではあるが、その姿は大きく見えた。しかし、勇者と王太子は怯まなかった。
「この期に及んで、最早お前の企みは明らかだ。」
「彼女が、全てを告白したぞ!」
「彼女?何のこと…お、お前は?」
自信満々の彼は、二人の男の後ろに立っている女に気が付いて、とたんに動揺を隠せなくなった。
「あなたの企みは全て、ここにあります、証拠が。陛下を、ショクに売り、あなたはショクのこの地を与えられる約束を取り交わしているわね。陛下、ショクは陛下を殺します、彼はそれを知っています。いえ、殺して貰うために、陛下を送りだすつもりなのです。」
国王は、宰相の顔を見て、後ずさりし始めた。
「ど、どういうつもりだ?恩ある我を裏切るのか?」
「裏切る?私は、あなたを監視するために、あなたの秘書となったのよ。ジャック様に言われて!」
その声を聞いて、あんな風采のあがらぬ男に、とその彼よりもはるかに風采があがらない宰相は、憤慨しながらも、震えながら、少しづつ後ずさりしたが、長くは続かなかった。
「ぎゃー!」
ショクの使者は、彼を斬り殺して、そそくさに出発したのだった。一人残された男が、国王陛下が、しゃがみ込んで呆然としていた。王太子や勇者達が駆け寄った。“馬鹿な男。しょせんは、当て馬、すぐ粛清されるのに。”
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