第36話 ジャックのスローライフ⑤

「突然、王宮に兵が乱入して、私を悪逆非道の王女として、捕縛すると…。私がそんなのじゃないと知っているわよね?兄の王太子も、国王の父上も拘束されていて…何とか目の前の兵士達を蹴散らして…ここに来たの…。どうなっているの?」

 彼女にも、現状を把握できていない様子だった。彼女の困惑しながらも、兵達を蹴散らしていく、スマートな美しい顔の、決して猛者とは思えない彼女の姿を思い浮かべながら、“これでは不味いな。”なにが起こったのか分からない、相手、敵?が誰か、どのくらいの力なのか、判らなければ、彼女を助けるにしても、不可能だからだ。

「こちらには、どうやって?家臣の方は?」

「一人で、単騎で、ひたすら馬を駆けさせて…いえ、何人かいたはず…途中で何度か襲われて倒れた者も、いつの間にかいなくなった者も、私を殺そうとした者も…、最後は一人で…何とか、蹴散らして…。」

 彼女は、剣の魔道士なんて呼ばれるくらいの実力のある王女様だから、さもありなんとジャックは思った。“彼女には、それなりの人数、武勇のある者を追っ手としている…。僕達を計算に入れているかな?入れていたら…、入れてないな。なら、追っ手を捕虜にして、情報を取るか?”

 直ぐに、階段を駆け上がり、最上階、三階の窓を開けた。

「来た、来た、というところかしら?」

「数は500騎かな、ざっと見たところ?」

 二人は、彼の両脇に、潜り込むようにして、窓の外を見ながら、いった。

「私だけで蹴散らせるわ。」

「私がやるから、あなたは見てなさいよ。」

「この小さな領地にあれだけの騎兵…一応用心しているな…。それなりの実力者が何人もいるかも…みんなで、僕と僅かな家臣達も総動員して、弱兵も強兵を助けられるよ。」

「そう言うなら…。」

「あの女も、戦わせる?」

「ああ…もちろん。戦力になるお姫様だし、本当に…。」

 気落ちしている時だから、そっとしておいてあげたい、と思ったが、二人に言い訳が出来ないし、彼女の戦力は欲しいところだ。

 あわせて10人少しの1隊は、500騎が小さな館に、押し込もうとした時に、大弓、石弓からの矢や魔法攻撃で出鼻を挫かれ、いったん止まったのを見計らって、飛び出して、騎兵の群れに襲い掛かった。

「こ、この卑怯者!」

「?」

 大柄な騎士を、やっとの力で持ち上げて、ジャックは振り回した斬馬刀で、その腕を切り落としていた。

「流石、あんな女達を指図する黒幕だけのことはあるな!」

 後ろから、小柄な女の騎士が現れた。“なんか既視感が!”彼女は、馬を巧みに操り、彼に襲い掛かった。必死に、その攻撃を避け、他の騎士の槍や矢をやはり避け、平均的な戦力しかない家臣達を援護し、あとはあまり心配する必要のない女達3人に気を配るので精一杯だった。

「さすがだ、国を乗っ取ろうというやつだ。その強さを評価してやる!」

「いや、極めて平均的な一般戦士だよ、俺は!」

「馬鹿にするな!そんな奴に、どうして私が勝てないのだ?」

“既視感、既視感…。”倒れた馬から飛び降りた彼女は剣を抜き、彼と剣での戦いを演じていた。彼女から血が流れているのが見えた。“あれ、いつの間に?”お互いに、息が上がっていた。

「降伏してくれないか?」

「う、うるさい!私を馬鹿にするな!」

 彼女にも分かっていた。既に、彼女の部下は全て倒れていることを。ジャックは、彼女を助けることはできないと思った、彼女の後ろで必要な捕虜は確保したという表情の3人が目に入ったからだ。

 しばしの間、二人は激しく剣をぶつけ合った。彼の剣が彼女の胸を刺し貫いた時、満足そうな顔をした彼女はがっくりと果てた。

 十数人、その中にはジャックが倒した、深傷を負わせ、動かなくさせて止めを刺さなかった3人も含まれていたが、の捕虜達から何となく分かる程度の情報を得ることができた。

 すこぶるつきの善人で、人の良い国王と王太子は、宰相の計略にはまり、隣国の国王の軍に捕らわれの身となったらしい。ベーコン王女は、地方への視察で留守にしていて、その動きに気づかなかったらしい。そうでなければ、気づいていただろう。

「そうでなければ、この腹黒王女がしてやられるはずがないものね。」

とは、元勇者と元女魔王。

 それに、その宰相はそもそも、彼女が見いだして、引き上げた男なのである。

「醜い男が!才能が、能力があるから、認めて引き上げてやったのに、恩を忘れてー!」

と金切り声を上げて、涙を流すベーコン王女だったが、捕虜達に尋問、容易に口を割らないつもりの彼らから、少しづつ聞きとがめ、そこから追及、その先を推測して、情報をまとめていった。彼らの持ち物からも、ジャック達の力を借りながらも情報を次々に得ることができた。

“流石だな。”とジャックは思って、彼女との出会いを思い出した。

「ジャック殿、あなたには助けられてばかりですわ。あなたなしには、半分も分からなかったし、どうしてよいかわからなかったわ。」

「は?」

「そうよね、戦いでも返り討ちを簡単にできたのも、あなたのおかげよ。」

「その通りよね。私達二人で十分だったけど、こんな簡単にはいかなかったわよね。」

「は~?」

 3人が来た時、この国では反乱軍に国王と王太子の軍が包囲され、王都には魔獣の群れが迫る状態で、ベーコン王女が何とか国をまとめていた。それを逆転したのは、魔獣退治や野盗退治の評判を聞きつけ、呼び出され、手元に置かれていたジャック達3人の奮戦にあった。ジャックとしては、自分以外の二人の功績だと思っているのだが、3人は違った。

 とりあえず、ここは、全財産を使用人や家臣達、領民達に開放して逃げ出そうとジャックは考えた。梁山泊物の漫画で記憶している九紋竜の史進の行動を真似ようとしたのだ。だが、そう上手くはいかなかった。

 まず、使用人家臣達が主人達を守ろうと結束し、どこから聞きつけたのか、領民達が加勢にはせ参じたのだ。その上、こちらこそ、どこから、何時聞きつけたのか、周辺、各地からベーコン王女とジャックの旗の下に馳せ参じようという連中が、王国の将兵、貴族、騎士、兵士、ベーコン王女達の使用人達まで続々やってきたのだ。

「あ~あ、スローライフは終わったんだな。」

 ジャックは、大きな大きなため息をついた。その思いは、ベッドの上で、彼の両脇でぐったりしている二人も同様だった。

「ご、ごめんなさい…。」

 あれがやり手、腹黒のベーコ王女とはとても思えない、可愛い表情で、彼女は、ジャックの下で喘ぎながらも許しを請うていた。

 ようやく、のんびりと領主生活が出来るようになったと思った矢先、数ヶ月前から何とか落ち着いた生活を感じ始めていた、ずっと前に真の勇者様達に憧れ、その旗の下で戦うことを望みながら、夢見ていた小さくても領主となる生活、それが、指先からこぼれ落ちていくのを感じた。

「まあ、しかたがないか?」

 まず、護らねばならない、目の前で満足そうにぐったりしている3人とともに、馳せ参じてきた者達のために戦わなければならないと改めて感じた。そして、

「まあ、この3人に守られているんだよな、本当は。」

 また、小さくため息をついた、ジャックだった。

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