第32話 ジャックのスローライフ?
「お願い、ジャック君、ジャック殿、ジャック様…見捨てないでー!」
飛ばされて2年、若き女王にすがりつかれていた、ジャックは。“よ、ようやくスローライフが…。でも…でも…デジャブ感、既視感いっぱいだよー!”我にかえって、彼女を引き離そうとしている女勇者と女魔王を見て、“見捨てるわけには…。”と思ってしまうジャックだった。
「私が助けてあげた恩を忘れたの?」
と引き離されまいとしながら、女王が抗議すると、
「助けたのは我々の方じゃないの、勇者?」
「そうよ、魔王と私と、そしてジャック様じゃないの?」
と呆れたという顔をしたから、抗議するように、
「ジャック様のことはともかく…。」
と彼女がらさらにいいつのうとした時、
2人を宥めるように、軽く腕を握ったジャックは、
「まあ、お互い、助け合ったわけじゃないか?」
と割って入った。
ジャックはそもそものことを、思い出そうとした。
2年近く前、彼は女勇者と女魔王を脇に抱えて駆けだしていた。後ろ向きだったため、
「お願いですから、後ろに向かって攻撃魔法を!」
と叫ぶジャックに、攻撃魔法を放つ彼女らだったが、
「正面は、ど、どうするのよ?」
「は、恥ずかしい格好、死にたい~。」
2人は、尻が丸出しの状態だったのだ。
「お二人のみごとな尻を見れば、誰でも悩殺されて動かなくなりますよ!」
「イヤー、ジャック様以外には見せたくないー!」
2人がハーモニーして、泣くように叫んだ。
そうなる元々は…、その三カ月、ということで止めた。
「ジャック~、どうしよう~?」
泣きじゃくる女勇者の肩を抱いて、彼女ととぼとぼ歩くジャックがいた。彼女は、自分のチームから、信頼していた仲間達によって追放され、信じていた者から裏切られて聖剣等を全て失って、彼しか頼る者は残っていなかったのだ。
この大陸に1人飛ばされて、気がつくと鬱蒼とした森の中だった。とにかく、水と食べ物を探して歩き回るしかなかった。水場を見つけ、野獣や小動物を狩り、魚を釣り、木の実や野草、キノコを採集したがら、時には高いところ昇って遠くを見たりしながら、やや山岳地帯らしかったので、下る道を、見つけた川に沿って歩くことにした。
「生活魔法といえるものを、一通り身につけることができたのが、やくにたったよな。」
言葉を話さないと、言葉を忘れかねないと思い、比較的大きな声で独り言を言って、その日の夕食を作っていると、
「なんかいい匂いがすると思ったら、君が料理をしてたのか。でも、こんな危ないところで1人、何をしているんだい?」
燃えるような赤い髪をたなびかせた、長身の若い女騎士が現れた。彼女の後ろに、10人くらいの男女が続いていた。彼女が勇者だった。
ステュアート、この大陸の勇者の1人だった。彼女達は、魔族の1隊と戦い、何度か撃退したものの、疲労がひどく、魔族の援軍を避けて撤収詩的だけところだった。魔獣が多く棲息している危険地帯だった、ジャックが歩いてきたところは。
結局、ジャックは、疲れ切っている彼らのために夕食の準備を、そして、翌日には朝食の世話を刷ることになってしまった。
そして、そのまま流され、同行し、いつの間にか勇者のチームの一員というより、荷物運び兼世話係その他となっていた。もちろん勇者のチームの戦いの一員にもなっていた。そんなある日、彼が雑務を終えて戻ってみると、チームの面々が、勇者にチームからの追放と聖剣などの聖具の一式の引き渡しを要求していたところに遭遇したのだ。そこまでは拒否する彼女に、聖女達が、拘束していた、勇者が、可愛がっていた狐耳獣人の少女戦士を楯に迫り、それに彼女が応じたのを、“あ~、これは~。”と思いつつ、とりあえず何も言わなかった。ジャックは、この先の他のことを考えていた。
「彼女を離しなさいよ。」
彼女は解放されたが、勇者の下には帰らなかった。
「ごめんね。偽勇者とは一緒にいたくないんだ。それに、あんたのことは、本当は~嫌いだったのよ。」
と嫌悪感丸出しに言ってのけた。“こりゃ、ほっとけないな。深い事情は分からないけど。”とジャックは思ってしまった。
途中からだが、彼女らのやり取りを聞いた限りでは、新たな勇者が認定されたので、彼をチームに迎えることにしたらしい。だから、邪魔な、力の劣った勇者はいらないし、聖剣等は新しい勇者にこそ相応しいということだった。“どっちも危ないが…、ここは勇者様を救うしかないな…。”
一カ月後、ジャックとステュアートは、かなり辺境の小さな町の、これまた小さな宿屋の食堂で、酒を酌み交わしながら、夕食をとっていた。
「この宿屋で、こうして食事をとりながら酒を呑む生活を始めて、もう半月が過ぎたのね。全てが、順調、楽しくて…、全部、ジャック君のおかげよ。本当にそう思って、感謝しているわ。」
前髪を手で払って、その愛らしい顔を、全て見てと言うように、見せつけた、彼女は。
「何言っているんですか?全て、勇者様…ステュアートさんの力ですよ。聖剣とかなくても、私なんかとは比べものにならない力があったんですから、その気になれば、何でもできるんですよ。」
苦笑しながら、グイっと、杯を傾けた、ジャックは。
「初心に戻って…。あの時は、そう言ったわね?あの叱咤激励がなかったら…、それに色々とサポートしてくれたおかげよ。それに、こうして仕事が上手くいっているのも、みんなみんな君のおかげじゃない?」
“そうかな?”
「あんたら、勇者様に散々世話になったんだろう?餞別くらい出すくらいのことは、考えないのか?」
彼らから、チームの金の中から、大した額ではないが多少の金を出させて、彼女の手を引き、自分と彼女の荷物を持って、その場を飛び出した。
その後は、完全に憔悴しきったステュアートに、中古の武器屋で剣等を見繕って、急いで旅のしたくを整えて、その町を後にした。
その後は、魔獣の徘徊する地域を進み、魔獣を狩りつつ旅をした。そして、たどり着いた小さな町で傭兵登録をして、安宿に泊まり、日銭稼ぎから魔獣、盗賊退治まであらゆる仕事をこなしてきた。
そして、ここ数日、落ち着いた日常を感じるようになっていた。
「どうして、みんなはジャック君を、私とそのまま行かせたのかしら?」
「そりゃ、これからの足手まといは、役立たずはいらないと思ったのでしょう?」
「何言ってるのよ。よく働いてくれたじゃない。私も助けられたし…剣聖、聖女、賢者それから、え~と、みんな一度は君に命を助けられているはずだよ?」
「はあ?魔王軍の隊長の頭を叩いただけでかすり傷を負わせただけじゃないですか?確かに、後ろからの剣を受け止めましたが、ただそれだけで、あとは剣聖の…。聖女様をかばって火炎魔法を押しとどめましたが一瞬のことで…。」
「あれで連中は大混乱したし、君が相手の剣を受け止めていなかったら剣聖は斬られていたし、その一瞬があったから、聖女は結界を張れたんだよ?そんなに卑下して…、やっぱり、君が飛ばされたのは、君が大した者だったからじゃないの?」
彼は、自分がこの地に飛ばされたのは、戦いの中、相手側の本陣に迷い込み、敵の軍師の頭を叩いたばかりに、恨みを買って飛ばされてしまった、と説明した。ステュアートは、そのことをぶり返した。曖昧に笑ったが、それでは納得しないという顔をしていた彼女を誤魔化そうと頭を急いで振り絞った結果、“これを言うしかないか、いつかは言わざるを得ないし…。”
「あの時、私は勇者様を連れて逃げだしたんですよ。」
「?」
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