第9話 大会戦
戦いは、シナリオ通りというか、まずは前衛の同士のぶつかり合いから始まった。その先頭には、ディドロ達がいた。かつてなら、勇者、賢者、聖女などと賞賛されたであろう彼らは、真の勇者達の温存のための戦力でしかなかった。石弓隊、大弓隊、騎兵、長槍隊、投石機、投槍機、魔道士達に援護されながら、ディドロ達と聖魔法騎士団が魔軍と激戦を交えながら、押し気味に突き進んでいた。相手方も同様に、下位の魔族の軍が主体となっていることは疑いなかった。上位の魔族の数が、今までになく多いとは言っても、どんなに多く見積もっても、三分の一もいないはずだった。しかも下位の兵士なら、ディドロ達でも何とか凌げる。いつ、上位魔族の精兵が投入されるかが、戦いの大きなポイントだった。その時、当然マリア達が陣頭に立って、と言うより、彼女達がその上位魔族を迎え撃つのである。その後ろに、当然、ジャックがいることになる。
「うわー!」
ジャックは、奇声とも言える声を張り上げて、魔族の中に斬り込んでいった。“俺は何をやっているんだよ~?”と心の中で泣きわめいていた。彼の、いや真の勇者マリア達のチームの剣聖、聖女、賢者、魔道士、槍聖の一グループが魔族に包囲され、絶体絶命だったからだ。彼らを囲む魔族の気を引くためだった。
とにかく手数を多くして、できるだけ多くの魔族の相手をすることだけだった、それしか出来なかった。自作の手裏剣、小柄を投げ、目潰しや焼夷弾を放ち、微力な攻撃魔法と剣魔法を纏わせた剣を叩きつける、危なくなったら逃げる、また、向かっていく、を繰り返した。それが、そのうち彼に魔族達が彼にまとまって向かってきた。“しまった、やり過ぎたー!”剣聖達は、既に力尽きていて、なんの役にもたたない状態だった。逃げながら戦う、戦いながら逃げるしかなくなった。必死になって駆け巡ったが、遂に包囲されてしまった。もう駄目だ、と思った時、カント王子と聖騎士団が駆けつけて来た。両者の間で激しい戦いとなった。しかし、相手は上位魔族である。ジャックは、ホッとする間もなく、戦い続けなければならなかった。その彼がいつの間にか、聖騎士団を助ける立場になっていた。気がつくと、彼は魔族の女騎士の一人と、一対一で斬り結んでいた。魔族の女騎士は、何人もの聖騎士を倒し、疲労していたのだろう、彼の渾身の魔法を纏わせた剣に突き刺され、そのまま体内で魔法を炸裂されて、絶命させた。チラッと見た、その女の顔は、かすかに微笑んでいたように見えた。カント王子が、側近に体を支えられながら、やって来て、礼を言ったので、彼は驚いた。気がつかなかったが、カント王子が危機一髪の中に、割って入り、魔族の女騎士の前に立ちはだかって、王子を守ったのだ。
王子の礼に恐縮しながらも、何故か、
「勇者様達の元に行かないと…。」
と言って、一礼して駆け出していた。“危ないところへ何でまた俺は…。”
マリア達の行くところ、彼女らの快進撃がしかなかった。彼女が引き絞る大弓から放たれる矢は、上位魔族の将兵3人を次々貫き、4人目の隊長クラスの魔族に深々と防御結界を貫通して、突き刺さった。込められた魔法の効果で、3人の体には大穴があき、突き刺さった4人目は、体が破裂した。剣の斬撃は、3人の魔族を真っ二つにして、黒こげにし、その先で破裂して周囲の魔族を吹き飛ばした。拳や蹴りは、その一撃で一人の体を貫いて生じた衝撃波が周囲の魔族を蹴散らした。火炎弾、雷球、電撃、衝撃波、冷却魔法は、防御結界ごと一網打尽にしてしまった。
しかし、マリア達は4人しかいなかった。しかも、4人がフォーメーションを組んで戦っていたから、彼女らのいるところでは、上位魔族の将兵の死体の山ができ、挑んできた幹部クラスの上位魔族も、次々とあえない最後を迎え、罵り、呪いの言葉を吐く前に死体となっていった。彼女らの攻撃には、再生は、あり得なかった、再生を無効にするほどの威力だったからだ、彼女らの攻撃が。
しかし、だからこそ、彼女らのいるところのみが勝利、勝利の連続なのだ。だから、彼女らのいないところでは、人間・亜人達は苦戦、マリア達の来援がくるまで何とか凌ぐので精一杯だった。魔族、上位魔族を少しでも多く、過ごしでも長く引きつけておく、彼女らの体力の温存のために、しか出来なかったのだ。彼女らも、そのことは、理解し、かつ、その重要性は理解していたから、決して皆を見捨てることなく、他の戦線に目を配り、可能な限り、助けに赴いていた。が、それには限界があり、当然、全滅しかける部隊も続出せざるを得なかった。
「勇者様!食事を!」
ジャックが、パン、間に、ハム、チーズを挟んだ、をマリア達に手渡した。戦いの、一瞬の間に食事、栄養を取らなければならなかった。
「ジャック君。ありが…って何してるの?」
「何、その女は!」
「う、浮気者!」
「ひ、ひどい!」
「は?」
彼はというより、彼の後ろに、傷ついて、すっかり戦意を失って、怯えているようにすら見えるエルフの女騎士と人間の女賢者が、彼の鎧から手を離すことなく、付いてきていたのだ。
「いいわ!後で言い訳を聞いてあげる!」
「今は、仲良く、一緒にいなさい!全ては後で!」
「ことによっては、後でしっかりお仕置きをしてあげる!」
「どうするか、楽しみにしていなさい!」
彼女らの闘気が今まで見たこともないほど高まるのを感じて、さすがに、ジャックもたじろぎかけた。
しかし、彼女らはそれを魔族達に向けた。魔族達に取っては、ある意味お門違いの怒りの闘気が向けられたわけである。あっという間に、彼らはなぎ倒されていった。
「ち、違う…違います、こ、これは…。」
“何を弁明しようとしているんだ、俺は?”彼女らを絶対絶命のピンチから救ったのは確かだが、彼女らは仲間の無残な死、自分の無力さを見て絶望して、戦意喪失、彼に庇護を求めるしかない状態になってしまった。何とか、彼女らから説明を、と思ったが、そこには幼女のように震える二人の女しかいなかったのだ。
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