第19話 ジャックは何処へ

「いい様だな。屑野郎、ジャック様?」

 薄ら笑いを浮かべる大柄なオーガの男の顔が、目の前にあった。裸で拘束され、口どころか鼻も拘束された、さっきまでは目も拘束されていた、最高に格好の悪い状態で、まるでざまあされた馬鹿王子、元婚約者のような状況に、彼は置かれていた。“え~と、どうしてこうなったんだっけ?それより、お姉ちゃん達は、妹達は大丈夫だろうか?”と彼は考えていた。

“簡単には…、対策は考えていたから…。でも、俺だって…。”

「真の勇者様達は…。」

 尋ねようとしたが、彼女らの無事をどう確認したらよいか分からなくなってしまい、言葉が切れてしまった。

「勇者様達?助けに来てくれると思っているのか?とんだ勘違い野郎だな。せいせいしているさ、お前という屑野郎が居なくなってな。」

 男が、質問の意味を勘違いして答えた。続けて、女の声で、

「色男ぶる顔かよ?」

 そして、笑い声。 

「勇者様を気取ってやがって…。」

「惨めな豚野郎ね。滑稽だわ。」

 また、笑い声。

“かなりの人数だな?組織的な…か。勇者様を気取ったことはないし…あの時も、マリア様達、魔王様達、ディドロ様達、カント王子様達と多くの人々の功績ですと言ったし、受け取った恩賞は、騎士、子爵、小さな田舎の領地、報償金…。まあ、お姉ちゃん達や妹達が無事らしいから…嫌だ、嫌だよ~、死にたくないよー!俺が何をしたんだよ~?こんな屑転生勇者がざまあされるような展開なんか、結末なんかやだよ~。”何とか、逃れられないか、と身動きが取れないながらも、周囲を見ようと、可能な限り首を動かし、眼を動かした。暗い、狭い部屋、そして、大きな振動。

「納得できないという顔だな?ゆっくりと教えてやろうか?」

 心が通じたのか、目の前の髭面の男が、臭い臭いを吹き付けながら言った。

“何処に、抜かりがあったのかな?”

 勇者マリア達のもとから戻り、魔族軍、ディドロ達もいる、との打ち合わせ等でのごたごたで、

「真の勇者マリア様達は、お姉ちゃん達だったんだ!」

と魔王様達に告白する機会を逸し続けていた時だった。

「お、お兄ちゃん…だよね?」

「え?」

「やっぱりお兄ちゃん…だよね?」

「私が分かるよね?」

「私よ、私よ!分かるよね?」

「分からない…なんて言わないよね?」

「あー!」

とジャックが叫んだのは、上位魔族軍の宰相の一人の補佐のヤスパースが逃れてきた時だった。彼女は、秘かに、上位魔族軍から脱走してジャックのもとにやって来たのだ。彼女は、ジャックに直接、自分の脱走理由を話したいと言ったので、ジャックは、本当は、怖くて仕方がなかったが、やむを得ず応じたのである。一対一の会談で、彼女は上位魔族軍の驚くべき状況を彼に説明終わり、彼からの質問も終わり、彼女の今後のことも話されて、ホッとして、あらためて彼の顔を見つめた時、全てが始まったのである。そして、秘かに室内を窺っていた、キェルケゴール、ショウペンハウエル、ニーチェが彼女の発した言葉に驚いて、室内に乱入した。ヤスパースは、彼の顔をあらためて満たした時に、突然確信した。キェルケゴール達3人は、驚いている彼の顔を見て、今までの漠然とした思いが、明白になり、そして、確信した。その4人を見て、言葉を受けて、いままで感じていたものの意味が突然理解できるようになった。彼は、前世の「お兄ちゃん」であり、彼女らは前世の「妹」達だったと。正確には、彼女らは本当の妹どころか義理の妹でさえない。ご近所の年下の女の子達に過ぎなかった、彼女らは。彼が、大学生後半の時、まだ、中学生だった。それでも、小さい時から、お兄ちゃんとして慕い、既に異性として好意を持っていたのだ。彼も何となくは感じてはいたが、そのうち消えるものと思っていた。

 彼と3人の関係を、情報網から知っていたヤスパースは、即座に服を脱ぎだした。4人は唖然としたが、キェルケゴール達3人は直ぐに立ち直り、負けるものかとばかり服を脱ぎだした。結果は、

「どうして俺というのは…。」

と満足そうに快感に浸り、横になっている彼女らの姿を見ながら、苦悩にジャックに沈むことになった。

 ただ、この結果、彼女らに、勇者マリア達との関係を説明することができた。

「あの年増達も…。」

「…いたのね…。」

「転生してた…。」

「私も転生したわけだから…。」

 そして、

「まあ、仕方がないわね。」

と4人の妹達はハーモニックしてくれた。とりあえずは、このまま…という表情で、ジャックは、とりあえず安心した。

 とにかくジャックは、上位魔族との戦いに向けての準備を急ピッチで進めた。“俺が出しゃばる所じゃないから…。”と思ったのだが、全てが彼の所に集まり、彼が指示、企画、まとめ、決定することを求められた。

 真の勇者マリア達のいる本軍に合流、お姉ちゃん達(マリア達)と妹達が、対面した時はジャックは背筋が寒くなった。その場から、逃げ出したくなった。

 その迫力というか、オーラというか、覇気というかを多くの者が感じたが、

「このような…さすがにジャック殿だ。」

「ジャック様で、なければまとまれませんでしたわ。」

「全ては、ジャックのおかげだな。」

「そうよ。今度は、私達が頑張る番よ。」

と、別の意味に感じていた。

 武器も、戦術も、補給の方法、物資の輸送等々、彼が作り出した。彼に言わせれば、

「こんなのが…と思って、捜したら、それを作れる、できる人がいて、その人が仕事ができるようにと思って捜せば、それができる人が現れて…。」

なのだが。

「ジャック君が、見いださなければ、彼はその仕事ができなかったのよ。」

「君が言わなかったら、彼らはそれを作ることはなかったんだ。」

「あなたが言い出さなければ、誰もやらなかったわよ。」

「ジャック君。君がそれをして、それが進むようにしたんだ。皆の功績だけど、君の功績なんだよ。」

とマリア達は、そっと彼に囁いた。それでも、“そうかな?”と思うジャックだった。

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